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それは甘い罠
妙な寝苦しさを感じ、重く伸し掛る重圧感に意識が浮上する。パッと見開いた目に眩しい光が差し込んで、反射的に強く瞑った。その明るさに慣れるまで数秒要して、漸く視界に広がってきたのは見覚えのない高い天井だった。
身を覆う布団も、背中に感じる心地の良いスプリングも、朝日奈が困惑するには十分すぎるほどいつもの朝とは違っていた。
戸惑いながら起き上がろうとして、ふと、下腹部の鈍い痛みと共に、どうしてか身体が持ち上がらないことに気付く。それは、朝日奈を抱き抱えるように巻き付くガタイの良い両腕のせいであった。
辛うじて自由の効く頭をずらして横目に視線を動かすと、安らかな呼吸に合わせて伸縮を繰り返す厚い胸板が目に止まった。どう見ても女のソレには見えない筋肉質な肌。身の毛のよ立つ感覚に苛まれながら、ぎこちなくそのまま上に目をやれば、鼻筋の通った端正な顔が映り込む。
(────っ!)
途端に昨晩の出来事が走馬灯の如くフラッシュバックした。全てを思い出した頃には、朝日奈はまるで苦虫を噛み潰したような怖い顔をして、熱い抱擁を容赦なくひっぺがしていた。
紛れもなく、これは人生最悪の朝だった。
「…酷いなぁ、全く。」
ふわぁ、と大きな欠伸をして目を覚ました男──神宮要は、目尻に涙を残して柔らかく微笑む。起き上がる時に腹に一発食らわせたのだが、全くその影響も見せない。
これでもかなり強めに足蹴りを入れたはずだったが、しかしこう平然と言われては、若干の良心が伴って遠慮などしなければ良かったと思う。
起き上がった身体に追撃せんと、怒りのままに今度は問答無用で腕を振りかぶる。だが、拳が神宮の頬に届く前に呆気なく捕えられ、その動きを完全に封じられてしまった。
思わず眉間に皺が寄る。
にこりと笑顔の仮面を崩すことなく、至って涼し気なヤツの態度は先程と一切変わらない。朝日奈は、自分の中の憤怒のボルテージが、見境もなく上がっていくのを感じた。
ああ、全く。腹立たしいことこの上ない。
「……どういうつもりだ、お前。」
「どう、って?」
悪びれもない飄々とした顔が、より一層朝日奈の苛立ちを掻き立てる。ふつふつと湧き上がる嫌悪感を隠そうともせず、朝日奈は神宮を真っ直ぐ睨み上げた。
……そもそもの発端は、今から約一週間ほど前に遡る。
思い出すのも腹立たしい、この男と遭遇してしまったあの日から、全ては始まったのだ。
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