第一章

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怒りのままに、結子は足元の石を掴むと天狗に投げつける。 投げつけた石は、ひょいと避けられる。 確かに、ちょっと届いてなかった…… 苔色の天狗は結子をちらりと見たが、すぐに時貞に向かっていく。 (やっばりダメか) 結子は再び走り出し、叫びながら刃を交える天狗と時貞の横を通り過ぎる。 「女!どこへ?」 時貞の声が後ろから追いかける。 それを無視して、声を上げながら無我夢中で走り、唖然とした天狗達の間をすり抜ける。 そして、神殿前の階段も靴のまま踏みしめ、腕を伸ばす。 手が弓を掴んだ。 転がるように矢筒も側に引き寄せる。 (あぁ、やっぱり短いな) 相棒とは違う匂いがする。 手触りも違う。 握ると、弓があなたはだぁれ?と問いかけてくる。 それでも使い込まれた、素直な子だ。 弦の張りが格段に重い。 芸のためのものではない。 誰かを殺傷するための弓だ。 覚悟はある。 結子は身を構えて、矢を番え、弓を引く。 威嚇のつもりだった。 だが、射るつもりでもいた。 胸いっぱいに息を吸い込む。 弓を手にしてから、わずかの間だった。 さきほどまで、怒りで震えていた体だったが、天狗に矢を向けた時、不思議と波がぴたりと止む。 訪れる静寂。思いは一つ。 ーーー助けよう。 結子は青い天狗に向かって、矢を放つ。
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