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時貞と空を見上げ、天狗が見えなくなると、結子はその場に膝をついた。
肩の力を抜いてみれば、どっと汗が溢れてきた。
矢を離した感触が指先に残っている。
「まったく、何なのよ。あれは」
息も絶え絶えに、結子は愚痴る。
「あれは、鈴鹿山の天狗だ」
「すずかやまー?」
鈴鹿山とは、結子達の住む月守町の隣町にある山だ。
標高は1000メートルけして、高い山ではないが尾根広く、針葉樹林が多い。
天候によっては、霧が濃く、遭難者を何度か出したことのある山で、霊山とも呼ばれている。
「わしらはあいつらを追って、過去から来た」
「過去?」
「そう、昔のこと。お前たちが過去と呼ぶ場所からだ」
「タイムスリップってこと?」
「いや、それはどうかは知らん」
なんか、ややこしいな。
しかも、信じられるはずがない。何か盛大なドッキリに巻き込まれている気がした。
しかし、辺りを見渡すがカメラやギャラリーはいない。
時貞と名乗る侍は、砂利の上に腰を下ろした。
「お前のお陰で助かった」
「どういたしまして。それより、これからのことを考えなよ」
困った顔の狐が側に寄ってくる。
結子が頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「助けては下さりませんか?」
「今、自分の稚気を最大に活かしてるね」
時貞を見ると、困ったように笑っている。
とは言え、自分も彼らも他に行ける当てもなかった。
選択肢はただ一つ。
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