第二章

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第二章

夜の帳は、みょうちくりんな彼らを隠した。 結子はできるだけ街灯を避け、ライトを煌々と着けた車から身を隠した。 「ただいまー」 小声で玄関の引き戸を開ける。 奥からはテレビの明かりと、バラエティの笑い声が微かに聞こえる。 結子は、両親がテレビ番組に気を取られていることを確認すると、庭を通って、離れへと向かう。 離れは昔、祖父母が使っていた部屋だ。 今は、結子が普段はあまり会いたくない人がそこにいる。 結子は離れの窓を叩いた。 窓のかけ鍵が回る、軋んだ音がする。 「なんだー。誰だ、僕を呼ぶのは」 「おにいちゃん。ちょっと、おにいちゃん」 「おぉ、どうした我が妹よ。というか、久しぶりだな」 窓から顔を出した兄は、ぼさぼさの頭をかいた。 顔には無精ひげが生え、夜更かしを重ねた目の下には大型のクマが住み着いている。 着ている服もかけているメガネも結子の遥か昔の記憶からずっと、同じものだ。 こんなんだから、会いたくなかったのだ。 けれど、背に腹は代えられない。 「おにいちゃん、侍のこと研究してたよね?」 「突然なんだ。まぁ、大学の院での修士論文はそのテーマにしてるな。 それより、お前、知ってたのか」 「お母さんがそう言ってただけ。 あのさ、助けてほしいことがあるんだけど……」 「え、このただの侍マニアにできることがあるのか?」 結子は暗闇に手招きする。草が揺れる音がして、狐が顔を出す。 それと同時に、時貞が庭から顔を出す。 最初は怪訝な顔をしていた貴明だが、徐々に暗闇から現れる彼の姿を見て、兄は唖然とした。 「よ、よくできた甲冑だな」 「本物なの」 「甲冑がだろ?見ればわかる」 「違うの。そうじゃなくて、本物なのよ。あれ」 兄は窓から身を乗り出し、穴が開くほど時貞をまじまじと見つめた。 そして、結子を見つめ返す。 久しぶりに顔を合わせる妹は真剣な目をして頷いている。 コミュ障だの、唐変木で通っているさすがの貴明でも、これは異常な事態だと察した。 「入れ」と言って、一旦姿を消すと、本宅から離れへ続く廊下の大窓を開けてくれた。 「とりあえず、結子は一旦家に帰れ。父さんと母さんが心配する。 その間に、僕はこの侍と話す。 それと、侍くん。甲冑を脱ぐの手伝おうか」 取り乱し、説得に時間がかかるかと思いきや、兄にしては珍しくまともな行動だった。 テキパキと動く彼を見て、彼にも共和の心が残っていたことにも驚いた。 兄は中学のある時期を境に、人や物事に心を閉ざしてきた。 それは家族でも踏み込めないほど、大きな闇となって彼の中に巣食っていた。 原因はわからない。小学生の頃は、勉学も運動もでき、人当たりがよく、ユーモアがあり、単純な言葉で言えば『人気者』だった。 けれど、ある日ぷつりと切れたように彼は誰とも沿わなくなった。 引きこもりとまでは行かないが、交友関係はなくなり、家族とも食事を共にすることが極端に減り、この離れへ立てこもった。 彼の闇はジワジワ来ていたのかもしれないし、津波のように襲ってきたのかもしれない。 それはわからないまま。
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