第二章

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「それで?時貞はどうして未来に来たんだ?」 「攫われたツグ姫を取り戻しにきた」 『ツグ』 時貞と会ってから、日和との会話の中で度々出てくる名前だ。 「ここからは、私が説明いたしましょう」 狐が輪の中にちょこんと腰を下ろした。 「申し遅れました。わたくしは、月守村の守護神 日和と申します。 この度はお世話になり、誠にかたじけなく存じます」 日和は人間のようにペコリと頭を下げる。 「すごいぞ、まさか神をこの目で見れるとは思ってなかった。 実に美しい」 高明は手を叩いて喜ぶ。 「お褒めにあずかり、恐縮です。」 日和は口角を上げ、2本のしっぽをゆるりと揺らす。 「実は、ツグ姫が天狗によって攫われました。 先程、我々を襲ったのはツグ姫の国にいる。天狗でございます。彼らは霊峰を守り、森を守って参りました。 けれど、この度はなぜか時を超える力を欲して、さらにはツグ姫まで奪って行ったのです」 「人質なんだろうな。 婚儀の日にあいつらは現れ、ツグを攫って行った」 時貞はそう言い、拳を握りしめる。 そりゃ、好きな人が連れ去られれば彼も悔しいだろう。 貴明は膝に肘をついて、傍に置いた甲冑をじっくりと眺める。 「だから、彼女を追ってここまで来たのか」 「迷いはない。あいつを救えるのなら何だってやる」 時貞の力ある言葉に、なぜか結子はどきりとした。 そう、きっとこれは羨ましさだ。 ここまで自分をかけて助けに来てくれる人は、結子にはきっといないから。 友達でも、恋人でも…… 「ところでだが、時はどうやってかけたんだ?」 「時貞様は私がお連れしましたが、天狗達は時かけのギョクを使ったのです」 「時かけの玉?」 どんな文献でも聞いたことのないフレーズに貴明は首を傾げた。 「ギョクっ何?」 「玉のことです。そこには私の力が収められていました。 昔、私は名もない妖怪でありました。 けれど、惨めな私を哀れんだ上月家が私を氏神として祀ってくれました。 やがて神となれた私は感謝の意として、私の力を分け与え、2度だけ時をかける力を持った玉を上月家に差し上げました」 「そいつはすごいな」 「ですが、襲撃の際に奪われ、さらにはこちらに至る力として使われてしまいました」 自らを責めるように日和はうなだれた。 たしかに、今回の件は図らずも日和が時かけの玉を作ったことにある。 「まぁ、日和はこうなるとは思ってもみなかったんだろ?」 「はい。上月家に時かけの玉を渡したのはもう何百年も前になるので、その存在はとうに失われているものとばかり思っていました」 話してみると、時かけの玉がどれほどの力を持っているのか、日和も定かではないらしい。 さらには、なぜ今になって天狗が時かけの力を欲したのか定かではないらしい。 彼らは一体、何が目的なのか。 見えない未来に、結子は少し身震いした。 「さて。ここからはよく考えて行動しないとな。 ひとまず、今夜はもう遅い、話の続きは明日にしよう」 「でも、早く助けてあげなきゃいけないんじゃないの?」 「バカだなぁー。 結子がいつまでも僕の部屋にいたら、父さんと母さんが怪しむだろ? 僕らの両親は、とことん抜けてる人達だけどさすがに気づく。  それに時貞だって疲れてるだろうから、ゆっくり休もう」 貴明の言うことは最もだった。 気合いでの時貞の目線が少し虚ろになってきた。 それに気づいた。日和も心配そうに顔を覗き込んでいる。 「さぁ、さぁそろそろお開きにしよう。 結子、父さんと母さんが風呂から上がったか確かめてくれ。 もし入り終わってたら、教えてくれ。 僕たちが入るから」 「一緒に入るの?」 「いや、そんな軽蔑の眼差しを向んでくれ。 仕方ないじゃないか。彼は江戸時代の人間だぞ。 シャワーなんて水吹く蛇じゃないか」 「風呂に蛇がいるのか?」 時貞が意識を取り戻し、 「大丈夫。そういうことじゃないから」 「結子は僕たちが風呂に入ってる間、二人の気をそらしててくれよ。 風呂は洗面所と併設してるから、寝る準備なんかされたら、一発でばれる。 そしたら、やっかいだぞー」 結子は人差し指で鼻先をつんとつつかれる。 指先を払いのけ、皺のよった鼻を掌でこすった。 「世話になるな」 頭を下げる時貞の肩に貴明は手を乗せ、得意に頷いている。 ーーー弟分ができて嬉しいんだ。 いや、それなら現代人で頑張れよ。 と思いながら、結子は部屋をあとにした。
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