第三章

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「どうした、貴明!」 父が慌てて腰を上げる。 「え、今の声、貴明だった?」 母が怪訝な顔をして、まずい!と結子に衝撃が走る。 「あー、なんか大学の実験があって、お風呂場で試すって言ってたよ」 「実験って、あいつ文系だろ?」 「え、あ、そうなんだけど、何でも友達の実験手伝ってるんだって」 「風呂場でか」 「そう、なんか、水使う実験らしいよ。めっちゃイッパイ」 「それより、あの子、友達いたの?!」 今、ここでそんな失礼なこと言う?! 「まぁ、友達じゃなくてもみんなで協力して実験結果をまとめることもあるしな。 よし、様子を見てこよう」 ダメー!と結子は立ち上がり叫んだ。 両親は驚いた顔で結子を見ている。 「え、そんな大声で言うことなの?」 「あ、ごめん。なんか、ダメだと思うんだよね。 ほら、お兄ちゃんって秘密主義じゃん? それに、たぶん大学の極秘研究とかなんとか言ってたよ」 「そんな大事な研究を、学生に任せていいの?」 「実験結果、取るだけだから大丈夫なんじゃない?」 両親は納得したような、でも何か引っかかったような感じのまま曖昧に頷いて、腰を下ろした。 ーーーこのままではダメだ。確実にバレる。 あれだけ、胸を張っていた兄の行動がポンコツすぎて、結子は憤りながら次の策を考える。 「あ、そうだ。アイス食べたいなー」 「え、今から?」 父が壁掛け時計を振り返る。 「もう10時だよ。それにこんな寒い時に食べたら風引いちゃうよ」 「いや、でも、食べたいかなー。ね、お母さんもそうでしょ?」 「お母さんはいいわよー。スッピンだしー」 「お願い。お願い! アイスは自分で買うからさ。お母さんの分も買うから。車の中でまっててくれたらいいから」 「えー。お父さんが連れてってー」 「今日は飲んだから無理」 父は両手でお手上げポーズをする。 母はため息をつきながらも、腰を上げ、上着を取りに行った。 そうなると、寂しがりやの父も腰をあげ、いそいそと準備を始める。 結子も「私も上着ー」と言いながら、洗面所へと密かに急いだ。 モザイクがかかったような、磨りガラスとは言え、そっちの方はできるだけ見ないようにしながら、 風呂場のガラスを叩く。 「お兄ちゃん、お兄ちゃん」 ガラスが少し開くと、ずぶ濡れの狐が出てきた。 「結子殿!私まで洗う必要ありますか⁈」 結子は上顎と下顎手でを挟み、狐の口を塞ぐ。 「お兄ちゃんに伝えて。今から外に行ってくる。15分くらいは時間稼ぐからその間に出て。って」 口を塞がれた狐は、コクコクと頷いた。 そして、風呂からにゅっと伸びた手に連れ去られて行った。 「あー!尻尾はやめてー!」という声が、風呂場に小さく響いていた。
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