第三章

5/6

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
そして、即刻二人で布団に入った。 ベッドを譲ろうかとも聞いたけれど、 「背中に板が当たってないと不安になる」 と言われたのでやめた。 二人で黙って天井を見上げていた。 「すごいな。月も出ていないのに、暗闇にはならない。 ほんの少しだが、光がある」 結子の部屋の窓にかかっているのは遮光カーテンではない。 ピンク色の布越しに、街の明かりが忍び込んでくる。 「この時代に来るの怖くなかったの?」 「怖くはなかったな」 その声に嘘はなさそうだった。 「それよりも、この時代に辿り着けない方が怖かったな」 「そりゃ、そうよね。 大好きな人が攫われたんだもんね」 結子はそう相槌を打ったが、時貞は「あー」と言い淀んでいる。 「好きか、どうかはわからんな。 なにせ、祝言の日に初めて会ったから」 「えー!」 大声を出す結子に、時貞は飛び上がって口元に人差し指を当てる。 それを見て、結子も慌てて口を塞いだ。 「そんな大声を出すほどのことか? 当たり前のことであろう」 時貞が小声で戒める。 「だって、好きでもない人とよく結婚できるわね。 だって、これからずっと一緒にいなきゃいけないのよ? 何でそんな人と祝言なんかあげるの?」 時貞は少し困った顔して、布団に返っていくと、しばらくして、ポツポツと語り始めた。 「わしの国は貧しくて、国の政とはほど遠く、自分たちが食べていくだけで精一杯の土地だ。 そのうち、この大和が整備されれば即刻なくなるような国だ」 結子が知る街の歴史よりもさらに古い、この土地の物語。 「それでも、わしらは慎ましく平穏に暮らしておった。 だが、ここ3年は日照りが続き、作物も病に見舞われた。 城の貯蔵はついに底をつき、隣国への借用が増えるばかりとなった。 お前達の時代とはまるで違う。 今の時代は誠に便利だな。物が損なわれないよう冷やす道具があり、簡単に乾燥させて保存できる技術がある」 今、この日本で生きていて行き倒れたり、飢えで苦しむことはほとんどない。 貧しさに触れることはあっても、手続きを経ればそこまで追いつめられる心配はない。 「そのー。民のみんなは大丈夫なの?」 深く息を吸い、吐く音がした。 「大事ないとは言えないな。現に、田んぼを捨ててよその土地に移った家もある。 だが、よそに行ったところで田畑しか耕したことのない農民に何ができる? 大きな町に行ったところで、そこでまた職に就けず、飢えるしかないのだ」 「そうなんだ。それで、国が貧しいことと、結婚はどう関係があるの?」 「ーーーお前、察しが悪いな。だから、嫁の貰い手がなさそうなのか」 「失礼ね!昔は15歳とかで結婚してたかもしれないけど、今は違うの! 義務教育でって終わってないし、10代で結婚するなんてナンセンスなの!」 小声ではあるが、わざわざ起き上がって否定するほどの気迫に、時貞は気圧さて、苦笑いで謝罪する。 そうだよ。けしてモテないわけじゃない。部活が忙しいから作ってないだけ。 おしゃれするよりも、弓具を整えるほうが自分にとってよっぽど大切なことなのだ。 「あのな。簡単に言うと、結納金をたんまりもらってその金で国を立て直すんじゃ。 ツグの国には男子がおらん。跡継ぎはツグ姫だけだ。 しかし、女人は家督を継ぐことがでいない。このままではお家は取り潰しとなる。 だから、上月家の三男であるわしが選ばれた。 筆の才覚に溢れ、剣の腕もたつ。見た目も申し分ない。 ならば、薬加賀家が欲しがるのも無理ない」 どこからその自信が湧いてくるのか見当はつかないが、時貞の言い方は大真面目だった。 「じゃ、あんたは国のために結婚するの?」 「そうだな。でないと、家が潰れるからな」 「えー、恋した方がいいよ」 結子も女の子だから、そこは間髪入れずに反対する。 好きな人と結ばれて、結婚する。 そんなのは当たり前だ。 この前、結子はいとこの姉の結婚式に参列したのだが、実に幸せそうだった。 温かな光と笑顔に溢れ、姉は本当に美しかった。 きっとそれは恋をした先に、結婚があったからだ。 しかし、その返事が来るまでに少し時間を要した。 「そうか。コイなぁー。 耳にすることはあるんだがなー。 ーーーして、その恋とはどんなものなんだ?」 まさかそんなことを聞かれると思ってなかったので、結子はしどろもどする。 「え、どんなって…… なんか、こう、胸が苦しくなったり、楽しくなる時もあるし、あと毎日がキラキラしたり、眠れなくなる時もあるんだって」 身振り手振りで話してみたが、結局はちゃんと恋をしたことのない結子では抽象的な言葉しかでなかった。 かっこいいなと思う男子や、彼氏とかいたら楽しそうだな。漫画に出てくるような恋人達って素敵! とは思うけれど、結子の中で恋はまだまだ曖昧で、雲をつかむようなものだ。 「なんだか。ワライダケの症状だな」 「いや。違うから、私の伝え方が悪いんだけど、違うから」 彼が合点がいかないまま、枕に戻った音がする。 ーーーあんた自分のことだけ正しいと思ってない? 放課後、放たれた言葉がまた降って湧いた。 その言葉は、結子の心に波紋もつくり、ざわつかせる。 (たしかに、私が正しいとは限らないよね) 結子は罪悪感にかられ、思い切った質問をしてみる。 「やめちゃいたい。って思ったことないの?」 しかし、返事は来なかった。 代わりに、静かな寝息が聞こえてきた。 ベットから身を乗り出し、覗き込んで見る。 瞼を閉じれば、ほんの子供だ。 よほど疲れていたのだろう。長く伸びたまつげは、微動だにせず、呼吸をする胸だけが動いている。 わずかに開いた口があどけない。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加