第四章

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その夜、時貞は木刀を持って山の中を駆け巡っていた。 手当たりしだいに、木刀を振り回し、幹に振り下ろす。 木と木がぶつかる音が山にこだまする。 彼は獣のように叫びながら、山を駆ける。 日和の目は溢れるほどの哀れみを向けていた。 「不幸せなわけではありません。 けれど、時貞様にとっては檻のない、幽閉ですよ。 婿に行ったところで何ができます? 国政の実権は薬加賀城主が握るでしょう。 そして、その後は時貞様の子供に継がせる。 彼はこれから、ただ何もすることなく、こらからの人生を生きるのです」 それを幸せだと思えたなら、どんなによかっただろう。 彼の叫びは、月夜に飲まれていく。 そして、場面は次々と変わる。 婚儀の最中。時貞は横目でツグ姫を見るが、白練帽子で顔は見えない。 ただのお飾りで、雛人形のように二人は黙って並んで座っていた。 しかし、それは突然やってきた。 窓の障子が吹き飛ばされ、強烈な夜風と共に桜の花びらが舞い込んでくる。 上月の身内や、家臣が騒然とする中で、そいつは現れた。 黒髪の天狗。 そいつは持っていたヤツデの団扇を大きく扇ぐ。 部屋の中で突風が吹いた。 御膳や酒や座布団がひっくり返り、悲鳴や怒号が上がる。 時貞はツグを庇って前に出るが、吹雪く桜で何も見えない。ここから逃げようと、腕で顔を庇いながらツグに手を伸ばしたが、そこにはもう誰もいなかった。 慌てて部屋中を見渡すと、白無垢を抱えた天狗が窓辺に足をかけ、片手には時の玉を持っていた。 時貞は真っ青になりながら、天狗に追いすがる。 しかし、時すでに遅し。 天狗は桜吹雪と共に夜空に駆けて行った。 時貞は甲冑を着て、神社へと走る。 そして、日和を叫ぶように呼んだ。 絞り出すように、悲鳴にも似た声で。 結子の後ろで月が登っていた。 これから起こる彼の物語を照らすように。
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