第五章

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第五章

目が覚めると、情景よりも時貞の痛みの方が残っていた。 前かがみになり、少しの間蹲る。 ベッドの下を見ると、時貞はいなかった。 時間はもう8時。 起き上がり、適当な服を着て下に降りる。 台所に行くと、お揃いのロボットTシャツを着た男二人がガス台の前で肩を寄せ合っていた。 時貞の髪は、自分でやったのか乱れたのをただ束ねただけだ。 「いくぞ、いくぞ!」 「おう、おう。頼むぞ、貴明殿!」 フライパンが高く持ち上げられ、卵焼きが宙に舞い上がる。 大きく振られた卵焼きは、フライパンに戻ることなく、二人の頭上を飛んでいく。 「あ」 「あ」 結子はとっさに側にあった皿を手に取り、差し出す。 ーーー卵焼き、着地。 「うぁぁぁぁぁ!すごいぞ、わが妹よ!」 「わしはもうダメかと思ったが、まさかだ!」 二人はひゃーひゃー言いながら、結子の周りを飛び跳ねる。 結子が寝ている間に何があったのか…… 男二人は朝っぱらから、意気投合し、幼い子供のようにはしゃいでいる。 (なんか、朝からすでに疲れた) 結子は皿を机に置きながら、肩を落とした。 両親は、朝早くから遠方にいる祖父母のところへ向かったそうだ。 時貞は出ていく気配を感じて、起きだしたらしい。 今は貴明から出される朝食を、今か今かと待っている。 「そわそわしても一緒だから、大人しく待ってて」 「すごいな、こんなにも早く朝げができあがるなんて」 「確かに、時貞の時代はまだ窯で飯を炊いてるしな。パンを見るのも初めてだろ」 貴明はそう言って、彼の前に焼いた食パンをだした。 時貞は立ち上る香ばしい香りを胸いっぱいに吸い込む。 「さぁ、食べよう」 結子達は、手を合わせるので、時貞も見様見真似で合わせる。 パンの食べ方がわからないのだろう。最初は二人の食べ方を観察しており、やがて両手で掴んで食べた。 口に入れた瞬間、目が光いっぱいに輝く。 「なに? そんなにおいしいの?」 口いっぱいに頬張ってしまった時貞は、声を出すことなく頷いた。 租借する度に、彼の口角が上がっていく。 なんとも幸せそうな顔だ。 日和も美味しそうに頬張っている。 ーーー飢えがそうさせるのです。 干上がった田んぼ、骨と皮だけになった獣、打ちひしがれる民。 夢の中でみた光景は間違いなく200年前に起こったできごとだ。 今の日本で「飢える」ことなんてほぼほぼありえない。 なのに、結子は「毎日パンは嫌だ。ごはんがいい」と母親に駄々をこね、嫌いなおかずは密かに手をつけていない。 結子はいつもは流し込んでいるパンを今日はゆっくりと噛んで食べる。 久しぶりに味を、深く感じた。
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