第五章

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「これからどうするんだ?」 時貞はマグカップを置いて、神妙な顔をした。 「時貞の時代のことや、お前がここにきた理由の背景は昨日、日和に見せてもらった」 「お兄ちゃんも見たの?」 貴明は頷く。 「ひどい有様だったな。お前がここに来た理由はよくわかった。 で、どうする?」 「ツグ姫を取り戻す」 「それしかないよなー。問題は天狗の目的だよな」 たしかに、彼らには何か明確な意思がありそうだ。それに、それとはあまり関係がかいかもしれないが、彼らは、結子はけして狙わなかった。 弱そうな結子を盾に取れば、簡単に勝てたかもしれない。それでも、それはしなかった。 結子はずっとそれが引っかかっている。 「まさか、天下とか狙ってないよね?」 「まさかまさか。天狗は薬加賀の守り神です。 天下を欲するなど、人の真似事のようなことはしないでしょう」 日和は軽く笑って、提案を流す。 「そうなんだー。 ところでだけどら天狗も、神様になれるんだ」 「100年ほど人に祭られれば、神となります。 菅原道真なんて人であったのに、神になりました。 要は人の畏怖となり、信仰されるかどうかなのです」 結子は、神とはもっと神々しいものだと思い込んでいたので、天狗はむしろ魔物にしか見えなかった。 まぁ、日和はのモフモフ感も神とは言い難いから、そういうものなのかもしれない。 「本来であれば、このような事態となっても対話で解決したいと思っております。 けれど、時間がないのです。 時を超えれるのは時かけの月がでている年のたった3日間だけですから」 坂口兄弟はそろって首を傾げる。 「「時掛の月?」」 「望月、既望、立待月の3日間だけなのです」 「日数で言うと、新月から数えて、15、16、17日目。 月が一番満ちている期間だな」 貴明の言葉に、日和が頷く。 結子の驚いた声に、日和はピンと髭を伸ばし、ふふん。と鼻で笑う。 「ただの狐にしか見えないのにね」 結子は指先で、尖った耳を弄び、日和は首を振って、それを払いのけようとする。 「祝言で結納と共に交わされていたのが、時掛の玉です。 あれは、私が500年前に上月家がこの土地を守り、私を拝礼するという盟約の元に、送ったものです。 あれは私の力が込められ、二度だけ時を掛けることができるよう術が施されていました」 「何で2回だけなの?」 「行って帰ってくるようですよ。 だから、実質的に1回が限度です。いくら孝明な神の私とは言え、それが限度です」 「わしらにできることは、ツグと時の玉を取り返すことだ。 頼む、どうか力を貸してくれ」 時貞は、深々と頭を下げる。 (とんでもないものを拾ってしまった) 結子は事の重大さにいまさら冷や汗が流れた。 私たちがなんとかしないと、歴史が変わってしまうのだ。 いや、待て待て。もしかしたら見捨てても、誰かが助けてくれるかもしれない。 きっとそうだ。 この無力な自分たちが役に立てることなんてない。 「僕たちができるだけ協力しよう」 「えぇ?!」 結子は悲鳴を上げながら立ち上がる。 「見捨ててはおけないだろー。あと、2日しかないしな」 「でも、ちょっと待ってよ。助けるのは私たちじゃなくてもいいじゃない。 専門家の人とかさ」 「その専門家を探してる間に、事態が急変するかもしれないだろ。 そんな顔してもダメだ。僕は助けると決めた」 「ほとんど引きこもりが何言ってんのよー」 結子はテーブルに突っ伏した。 「結子殿、私からも頼みます」 短い髪をかき分けて日和が鼻をつけてくる。 「時を超える力を与えてしまったのは私の落ち度です。 未来にいるあなた方にご迷惑おかけするとは、時を司る神として面目次第もございません。 私は所詮は時の神、天災を統べる力はございません。 時貞殿の婚儀だけが我が国を救う唯一の方法なのです。 何卒、よろしくお願い申し上げます」 日和が頭を下げたのと同時に、再び時貞も頭を下げる。 (ここまで来たんだ。仕方ないから付き合うか) 結子は内なる声にため息をつきながら、承諾した。
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