第六章

2/3

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
また、景色が変わった。 山菜が取れた頃は春の先駆けだったが、季節はもう夏だった。 ツグは川のほとりで蛍を眺めながら、誰かを待っている。 すると、夜空から天狗が舞い降りてきた。 ツグは目を輝やかせて、走っていく。 ツグが夜空に手をのばすと、天狗はその手をとって抱き上げた。 二人は声を上げて笑い空を飛んでいく。 その姿は、誰もがほほえましくなるくらい幸せそうだった。 「嘉次郎様、私くしはあなたをお慕いもうしております」 「あぁ、俺もだ。この想いはけしてかわることはない」 そう言いあった二人はひしと抱き合い、また月夜と蛍の間を舞っていた。 結子が気恥ずかしくなるほどの二人は、何にも囚われていないように見えた。 しかし、状況は変わって座敷の窓にしなだれるようにもたれかかりツグは泣いていた。 後から、後から涙が流れるようで、その涙をぬぐう素振りもみせない。 すると、 「ツグ」 と彼女を呼ぶ声が、窓の外から聞こえてきた。 驚いて、窓に身を乗り出すと、瓦屋根の上に常盤が鎮座していた。 声にならない悲鳴を上げて、ツグは手を伸ばす。 その手を取った常盤は彼女を抱き寄せ、涙する頭を優しく撫でる。 「文は読んだ。いずれこうなることは、わかっていたことだ」 ツグは被りを振って、その言葉に抗おうとする。 「そうだな。そうだな。俺がわるかった。 ツグ、お前に提案がある」 ツグは常盤の懐から顔を上げる。 「俺と一緒に時をかけよう」 その後は、流れるように次々に情景がかわった。 ツグの婚儀を襲撃する用意をしている時。 その様子を見て、側に駆け寄ってくる左近と右近。 留まるよう説得するが、二人は笑って後をついてくる。呆れ返った常盤は、二人を連れて月守城を目指す。 打ち破られる障子と襖。 驚愕の顔を見せる、城の者達。 桜の花びらが、夜風と共に入ってくる。 ツグの連れはすぐに、自らの背に彼女をかばった。 あぁ、いい男だ。 嘉次郎はそう思ったが、ツグに向かって手を伸ばす。 ツグは身を乗り出して、その手を掴んだ。 彼女を抱きかかえると、嘉次郎は空へと舞い上がる。 桜の花びらと共に。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加