第六章

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「これ、あなたが見せてるのね」 後ろの暗闇から、嘉次郎が現れた。 「あぁ、そうだ」 「それよりも、よく夢枕に立てたわね。 うちがわかったから?」 「あぁ、そうだ。 住まいは匂いを辿ればわかるからな。 この時代は匂いが多すぎる故に多少は難儀した」 「その鼻は伊達じゃなかったのね」 嘉次郎は結子の隣に立ち、共に過去を見つめる。 「俺が恐ろしはないのか?」 「今は大丈夫。それに、こんなの見せられちゃ、恨めっこないわ」 「そうか」 結子はずっと聞こうと思っていた。 「あなたは一体どうしたいの?」 「ツグと共にいたい」 嘉次郎の即答に、結子は何も言えなくなった。 「200年後にくれば何かが変わっていると思っていた。 その時代なら、俺の求める世界があると思っていた。 だが、実際にはどうだ。 同胞の気配を感じることもできない。 我らが尽くした世界は、こうも人の物になってしまうのか?」 時をかければ、自分の望む時代になっているかもしれないという憶断は愚かだと簡単には言えない。それは、今に生きる結子だからできることだ。 過去から到着したはいいものの、ビルが立ち並び、住宅で削り取られた山々を見て、愕然と膝をおる嘉次郎を、結子は心締め付けられながら見守る。 それから、4人は手を取り合い物を盗み、人を惑わせ、この2日間を生きてきたのだ。 悲壮感漂う姿ではあったが、肩を寄せ合い生きる彼ら4人は本当に楽しそうだった。 そして、まぁ、なんとなくはわかっていたが、貴明が何食わぬ顔で彼らの輪の中に入ってくる。 「だろうとは思ったのよねー」 「貴明殿は、よい方だ。右も左もわからなかった我らを助けて下さった。 おかげで我らは飢えずに済んだのだ。 どちらにも組みせず、どちらも助けようとして下さった。」 「怒ってるわけじゃないから、安心して。 ーーーあ、だから家がわかったのね 鼻、関係ないじゃん!」 「まぁ、そんなこともない。わずかながらに使ったぞ」 天狗は少しいたずらそうに破顔した。 そして、結子にまっすぐ向き直る。 「あなたが時貞の協力をしているのはわかっている。 俺たちもあなたを傷つけくない。 だから、あなたから時貞に諦めるよう伝えてはもらえまいか?」 「それじゃ、月守の人はどうするの?」 天狗は俯いたまま答えない。 彼もまた、そのことを気に病んではいるのだ。 「天狗なんでしょ。妖術とか使えるんでしょ? なら、他にも方法はあるでしょ」 「さすがに、天の意思は我らの力及ばぬところにある。 俺が天狗、ツグが人として生まれたように、どうにもできないこともある」 天狗とは言え、彼もまた子供なのだ。 鼻が長い。妖術が使える。 よく考えたら、それだけだけだ。 まだ、それでも抗おうとしただけ立派だ。 だが、天狗は今、暗闇を見据え、途方に暮れている。 叶わないと知っていた。 いつかは離れるとわかっていた。 それに、いつか思い出となる日も来ただろう。 それでも、彼らは離れられなかったのだ。 奪っててでも、家を捨ててでも、愛する人の側にいたかったのだ。 「俺たちはこの玉を持って、次の時代に行く。 安住の地は必ずある」 左近はそう言って、懐から「時の玉」を取り出した。 初めて見るそれは、結子の心を奪うほどだった。 昼間の光のような白い光、夕暮れのような橙の光、夜のように青から黒へと変わる光。 玉は一日を表すかのような光を放ち、その光は不規則に動いている。 「ツグ姫はそれでいいの?」 「はい」 振り返った先ではツグが待っていた。 前会った時とは違い、優しい笑みをしている。 彼女は笑顔まま、結子に話しかける。 「結子さん。あの時、来てくれてありがとう。 時貞様にも助けてくれる方が、いること本当に嬉しかった」 その言葉に嘘はなさそうだった。 そもそも、彼女は嘘がつけないのだ。 だから、自分にも嘘がつけず、家を飛び出してきたのだ。 両手で優しく嘉次郎に触れ、その胸に体をよせる。 「結子さん。わたくしはずっと家のために生きて参りました。 私くしさえ、いい子でいればみんな幸せになれると思っていました。 けれど、そんな中、唯一できた望みなのです。 私くしは、それ以外はもう何もいりません」 そんなことが本当に叶うなど、彼女はもしかしたら思っていないのかもしれない。 そうでなければ、あの時あんな諦めたような顔はしなかっただろう。 ーーーあれは、私だ。 囲まれて、何も言えなくて、何を言っても届かないと憤りを通り越して虚脱した私だ。 「ねぇ、結子さま。もし、違う場所で出会えたなら今度はお友達になって下さいね」 「うん」 その返事は、彼女に届いたかわからない。 気がつけば、結子は青い光が差すベットで目が覚めた。 甘い痛みで、胸が苦しかった。 常盤が見せた情景より、その痛みの方がありありと結子の中で疼いてた。 彼女たちのために、時貞のために何ができる? いや、何もできはしない。 彼らの抱えているものは、人の命だ。 自分の抱えているものなんて、なんと小さいのだろう。 言葉が通じないわけではない。 やめたかったら、やめることができる。 けれど、彼らの道はどうしたって後悔が残る。 何度も寝返りを打っても、何度考えても誰かが不幸になる。 期限は今日、きっと嘉次郎達は安住の地を求めて時をかける。 それまでに何とかしないと…… ベットの下を覗くと、時貞は背中をむけて眠っていた。 おそるおそる下りて、彼の寝顔を覗きにいく。 案の定、彼は眉間に皺を寄せて眠っていた。 怖い夢を見ているのかもしれない。 結子が頭を撫でてやると、眉間の皺が少し和らいだ。
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