第七章

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第七章

結子が目を覚ますと、部屋の中には誰もいなかった。 しんと静まり返る家のなか、置手紙をみつけた。 『出かけてくる。時貞は散歩だ。 僕もいない』 と書いてあった。 ーーーバカね。一人じゃ辛いだけじゃない。 結子は冷蔵庫を開けて、持てるだけのものを取り出した。 彼を見つけた時は、もう夕暮れが迫っていた。 結子はほっと胸をなでおろす。 キャップを被り、白いTシャツを着て、黒いスキニーズボンを履いた時貞はぼんやりと河原に座っていた。 キャプの背から出された髪が風で揺れている。 「バカじゃないの?ほんと探したんだから」 息を切らして側に来た結子を時貞はぽかんとした顔で眺める。 「おぉ、結子。何かようか?」 「なんもないわよ」 昨日、眉間に皺を寄せて眠っていたとは思えないほどに、時貞はけろっとした顔で結子を迎えた。 隣に腰掛けながら、結子は持っていた袋を差し出した。 「お腹すいてるんじゃないかと思って」 掲げられた袋を受け取りながら、時貞は笑う。 「そいつはありがたい。 この時代の貨幣は持ちあわせていなかったからな。 さっきまでどうしようかと困っておった」 「黄昏てた理由はそれなの? ほんと、心配して損した」 結子が怒っているのもどこ吹く風で、時貞は袋を開けて嬉々とした。 「食パンだ!」 そして、早速に頬張った。 「お前、焼き方下手だのー」 「うるさいな!」 河原で焼いただけの少し湿った食パンを二人で食べながら、夕日が落ちていく街を眺めた。 「今日は、この町を散策しておった。この時代にいられるのも最後だからな。 色んなものに溢れておった。 そして、わしの守りたいものは一つも残っていなかった」 この時代には時貞が誇る月守城と同じ高さのものはいかほどでもあるし、飢えなどない。 時貞がどれほど尽力したところで、どうせこの国は栄えるのだ。 僅かな民を救ったところで、一回の武士のできごとなど、歴史の渦に中では泡ほども、もたげたりしない。 「ねぇ、時貞。 結婚なんてやめてここにいなよ」 結子がそう言うと、時貞は一瞬驚いだ顔をしたが、腹を抱えて笑い出した。 「それはいいな! もしこの時代にいることができたら、わしはやりたいことがたくさんある。 そうだ、お前達の時代では海を越えて異国に出るのは日常なのだろう? 異国に行ってみたいな。 それと、わしは海を見たことがない。 できることなら、わしは海が見たいな」 その声は明るく、弾んでいた。 様々な現実が複雑に絡んでいて、自らの犠牲の元で成り立つ幸せのために、時貞は戦いに身を投じているとは思えないほど、明るい声だった。 (私、ほんとに自分のことしか考えてない)
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