第七章

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膝を抱えた結子は、時貞に聞いた。 「私のくだらない話、聞いてくれる?」 「あぁ、いいぞ」 「時貞がわかんない言葉がたくさんでても?」 「あぁ、それでもわしはお前の話が聞きたい」 時貞は笑って言ってくれた。 「私ね。中学校って弓道部に入ってるの。 私は昔から弓道部が好きだし、もっとうまくなりたい。 うまくなって、勝って、勝って、もっと強い相手とも戦ってみたい。 あの、的と自分が一つになって吸い込まれるように、飛んでいく瞬間が好きなの。 だから、もっと勝てる弓道がしたいの」 始めた時は、弓を持てるだけでも嬉しかった。矢が飛んだだけでも嬉しかった。 初めて勝った時は、飛び上がって喜んだ。 「けど、そのためには今の楽しいだけの部活を捨てなきゃいけない。 私はそれが当然だと思ってたんだけど、みんなは違うんだって。 『負けて悔しくないの⁈ 勝つなんて当たり前でしょ!』 って言ったら、次の日みんなから反発されちゃった。 もう私とはやりたくないんだって。 だったら、私は勝つ弓道を諦めなきゃいけない。 朝練も、土日の部活も全部やめてさ。 みんなが楽しい部活ができるように、ずっと顔色を伺いながら、弓を引かなくちゃいけない」 それは、結子のやりたい弓道ではない。 けれど、学校という組織の中では、結子の意見など多数の波に飲まれれば簡単になかったこととなる。 それを彼女達はわかっていたのだ。 「みんなわかってたのよ。よってたかって言えば、私が折れるって」 思い出したら、また腹立たしくなってきた。 どうしてあそこまで言われなければならなかったのか。 みんな仲間だと思っていた分、結子の傷は深い。 「結子、お前も戦っているんだな」 「まぁね」 一人じゃないよ。と伝わったのなら、いいのだが。 「結子、もし道に迷った時は自分を信じろ」 時貞が優しく微笑みながら言った。 「どういうこと?」 「きっと、仲間達もお前にわかってほしくて言ったことだ。 けして虐めようとしたわけではないだろう」 結子は首をすくめる。 「どうかな。女の子の気持ちってわかんないから」 「そうだな。わしも時々、結子のことがわからん時があるぞ」 声を立てて笑う、時貞に結子はべーっと舌をだした。 「だから、信じろ。自分のやってきたことを。 仲間を思う気持ちを。 自分の思いはちゃんと伝わると信じろ。 大丈夫だ。結子ならちゃんと話せば伝わる」 他人事だから、そんなことが言えるのよ。 と思う反面、この世界にも結子のことを認めて くれる人がいると思うと、無性に気恥ずかしく、胸が熱くなった。 つい2日前に拾った侍なのに、彼はずっと結子の側にいたようにしっくりときていた。 時には、ハラハラさせられるし、痛い思いもするけど、彼とならそれも許してしまう自分がいるのだ。 きっと、それはあの二人も同じなのかもしれない。 と、唐突に思った。 (なら、私はやっぱり彼らに離れてほしくない) 「さぁ、帰るか」 時貞は腰を上げ、前を向く。そして、 「結子。今日は来なくていいからな」 と言った。 急に春らしくない冷たい風が吹いたような気がした。 どこに行くのか、何をしようとしているのかも言っていないのに、結子がついてくることをわかっている。 自分も知らない自分を見透かされて、こんなにも自分をわかってくれる人がいるに、今日別れることが結子にはたまらなく悲しかった。 「腹立つ、そのえらそうな言いかた」 声に悲しさや寂しさがにじまないように、あえてぶっきらぼうな言い方をする。 時貞は笑って、「そうだな」と言った。 「頼む。今日は来ないでくれ」 「でも」 「お前に血を見せたくないのだ」 名前を呼ぼうとしたけど、声にならなかった。 かわりに、どうしようもない怒りがわいてきた。 「あのさぁ!そんなの間違ってるから! あの二人は幸せだし、それに、結婚なんて時貞のしたいことじゃないじゃん。 なのにわざわざ、斬り合ってさ。 バカじゃないの?」 「そうだな。わしはとんだやっかいものだな」 「そうだよ。だったら、もう時貞だけ帰ればいいじゃん。 なんなら、この時代に至って…」 「結子、わしに正論をぶつけんでくれ」 苦しそうな時貞の声に、また何も言えなくなった。 (また、私はやってしまった) 時貞は結子の頭に、ポンと手を置くとその場を後にしてしまった。 彼の中には、一体何があるのだろう? それは、結子がおいそれと触れてはいけないものだと思った。 触れてしまえば、彼は側を離れていきそうだった。 もっと、結子が大人で器用であれば何かあげることができたのだろうか? ーーーもっとみんなのこと考えてほしいの そうだ。あの子の言う通りだ。 ここまでしてもらっておきながら、自分は何も考えていない。 やっぱり何にもできないままだ。
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