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貴明に甲冑を着せてもらい、出て行く時貞とは一言も交わせなかった。
謝ろうと思ったけれど、何を言っても違う気がして、二人は目線を合わせることなく別れた。
「貴明殿、結子。世話になった」
「お世話になりました」
日和がぺこりと頭を下げた。
わずか紫に染まる世界を眺めながら、今日の終わりに向かって行く二人を、玄関で見送りながら、兄弟で何もできない自分を歯がゆく思った。
一人悶々としながら、ベッドの上に膝を抱えて座っていた。
何か。
何か。
何かできることを……
すると、窓を叩く音がした。
最初は気にも止めていなかったが、何度も叩くので、鳥が悪戯してるのだろうと思い、窓に近づくとそこには天狗が二匹いた。
「きゃー!」
結子は全力で悲鳴を上げた。
さらにはベッドから転げ落ち、机で頭を打つ。
一人でもんどり返っていると、心配そうな顔をして窓を叩く青と苔髪の天狗達と目があった。
結子がおそるおそる窓を開けると、二匹の天狗は、
「「大丈夫か?」」
と口を揃えて言った。
「う、うん。大丈夫」
彼らのほっとした顔を見て、敵意がないことを察した結子は、彼らを部屋に招きいれる。
「すまないな。驚かせて」
青髪の天狗が言った。
「窓も開けてらえると思ってなかった」
苔髪の天狗が言った。
きちんと屋根で履物を並べた彼らは、そっと窓を越してくる。
あぁ、そうか初めて会った時の違和感はこれなのだ。
彼らには敵意がない。
むしろ、好奇心が伝わってくる。
結子の部屋できちんと胡座をかいた二人は、改めて頭を下げる。
「「歓迎、感謝する」」
あー、どういたしまして。と結子は言いながら、腰掛ける。
「夜分遅くに失礼する。
あ、私の名前は左近。緑の髪が右近と申す」
右近と呼ばれた苔色はぺこりと頭を下げる。
「我らは、お主らに礼を言いにきた」
「え、お礼って何それ」
結子が不審に思いながら、眉をひそめていると、部屋のドアが開いた。
「結子、大丈夫かー?
なんか、すごい音が……
あ、え、や!お前達は天狗じゃなかー?!
どうしてここがわかったー?!」
大根役者っぷりに若干のイラつきを覚える。
「お兄ちゃん、もう知ってるから」
「なんだ、ばれてたのか」
貴明はあっけらかんとして、腰を下ろす。
もう少し、悪びれる様子を見せてほしい。
「貴明殿、この度は世話になり申した」
「かたじけない」
二人の天狗は深々と頭を下げる。
「たいしたことはしてないよ。キャンプ場のロッジを借りるのに手をかしただけさ」
そんなとこだけ、機転がきく兄に結子はあきれ返る。
「今日は世話になって貴明殿に礼だけ申し上げに参りました。
それと妹殿にも詫びを。怖い思いをさせてすまなかった」
左近が結子に向き直り、頭をさげる。
「ううん、私の方こそ怪我させてごめんね」
左近は矢を受けた左肩を難なく持ち上げる。
「なんのこれしき。急所は外れておりましたからな。
気に病まんでください」
カラカラと笑う左近に結子も笑みを返す。
「それより、お前たちは嘉次郎の元にいなくていいのか?」
二人は顔を見合わせ、困ったように笑う。
「おらんでええと言われまして」
右近がわずかに肩を落とした。
「血を見せたくないそうです。
それと、人を切らせたくないと」
左近が言った。
「おいら達が、前に時貞殿を襲ったのはおいら達の勝手な行動だ。
嘉次郎様は、けして人を傷つけるな。
傷つければ山神ではなく妖魔になってしまうと常に戒めてくださいました」
彼らには、彼らのプライドがあって生きていることを、結子は深く感じた。
そして、嘉次郎がいかに同胞を愛おしんでいるのかも。
「それにしても、お前たちはどうして嘉次郎とこの時代に来たんだ?」
青と緑の天狗は顔を見合わせる。
「主人について時貞を殺しに来たんじゃないんだろ?
だったら、何がしたいんだ?」
貴明の問いに、二人はもじもじとしていい淀んでいるようだった。
なんだかか、将来の夢を聞かれて照れくさそうにしている同級生にしか見えない。
と、結子は思った。
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