第七章

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やがて二人は顔を見合わせ、声を揃えて言う。 「「世に名前を残したい」」 「「はい?!」」 まさかの返答に、坂口兄弟の声が揃った。 「おいら達は世に名前を残したいんだ」 右近が前のめりで言う。 「そう。後世に語り継がれるような。 例えば、源氏物語の清少納言のような」 「天狗が源氏物語読むのか」 貴明が唖然として呟いた。 「え、でも、あれって難しくない? なんか読みにくいし」 「あれほどの傑作はございませんよ。 妹殿、もう少し趣を持たれてはいかがですか?」 まさか、天狗に雅を介されるとは思っていなかったので、結子は複雑な顔をした。 その顔を見た貴明は軽く笑う。 「お前たちの目的はわかった。とりあえず、これからどうする?」 「どういう結末になっても、おいら達は若様のおそばにおります」 右近が満面の笑みで言った。 「そして、後世に名を残す偉業を達成する。 この時代に来る時に決めたことですから。 どちらしか選べないとしても、最後の最後まであがいてみせます」 二人の若い天狗は腕を組んで、その意思の固さを示す。 すると、貴明は急に大声で笑い始めた。 突然笑い始めた貴明に他はきょとんとして見守る。 「僕さー。今、すごく楽しいんだ」 彼は額に手を当て、頭を抱えるようにして笑っている。 「結子」 「何?」 「にいちゃんは青春を舐めてた」 額から手を外した彼は、まるで幼い日の遠い自分を見ているようだった。 「僕さ、昔は何でもできただろう? 勉強も、運動も、顔だって悪くない。 だけど、ずっと寂しかった。みんな自分に何かが足りないはずなのに、僕の方が完璧なのに、部活や、恋や、本当にやりたい勉強に打ち込んで行った。みんな自分のやりたいことを見つけてた。 そこに突き進んで行くやつらが羨ましかった。何も怖くなくて、迷いながらも懸命にできることを探してるやつらが、にいちゃんにはすごく遠く感じてた。 きっと、一人除け者にされた気になって、ずっと拗ねてたんだ。 だけど、今、にいちゃんはやりたいことができて、青春が何かようやくわかったよ。」 貴明は、優しい笑顔で結子を見つめる。 「青春ってさ。 自分と向き合うことなんだな。 痛くても、苦しくても、どうにもならなくても。心の声をしっかり聞いて、今の自分の力やどうしようもない状況と戦っていくこと。 僕は今、心から戦いたい。 あー、なんだかやっと、この世界から一人じゃなくなった気がする」 それは久しぶりに見た、満たされた兄の顔だった。 結子は戻ってきた兄に、頷いて手を重ねた。 「なら、我々も青春している。ということですな!」 二人は声を上げて笑う。 「よく、こんな状況で笑ってられるよ」 結子は呆れながら、つられて笑う。 (そうだ。ちゃんと向き合おう) 結子は立ち上がり、弓を手にした。 「私、時貞のところへ行ってくる」 二人の天狗は、驚いた顔で結子を見上げる。 「だが、あなたには」 「もう、無理ですー。 関係なくはありませんー。 それに私だって、ツグちゃんを助けたいもん」 「「ツグちゃん⁈」」 天狗二人は素っ頓狂な声を上げる。 儚く笑った彼女が頭から離れない。 人生とは、いつも諦めと隣り合わせだと感じているのような表情。何もかも受け入れた振りをして諦めている彼女。 何が彼女をそうさせたのかは、わからない。 きっと、結子は守られてきて知らない大きなものだ。 「私、人生悪いことばっかりじゃない。って教えてあげるの。だって、それをできるのが友達だもん」 結子は弓に弦を張り、肩に担ぐ。 「お兄ちゃん、タクシー呼んで」 「時間かかるけどなー」 「いいから!」 そう言っていると、突然。 窓から風が吹いた。 窓の先には、 「日和!」
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