第八章

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「いけません!そろそろ、元の時代に帰らなければ、月の道が閉じてしまいます!」 日和が突然、叫んだ。 「なんだって⁈」 貴明は慌ててふためき、空を見上げる。 たしかに、雲が少し出始めていた。 さらには、月が水を湛えたように揺らいでいる。 別れが近づいていた。 「一度には送れませんので、数名に分けてですが、 「なら、おいら達から送ってもろおう。 日和殿、頼む」 二人の天狗はいそいそと、日和の側へ寄った。 「貴明殿、妹殿、達者でな」 左近が言った。 「後世に名を残してご覧にいれます」 右近が自信たっぷりに言った。 陽気な振りをしていたが、やはり自分の主人達のことが心配でならなかったのだろう。 ほっとした様子の天狗達は以前にもまして、明るい表情となった。 日和が天高くひと鳴きする。 すると、桜の木が激しく揺れ、桜吹雪が流れてくる。 桃色の吹雪は二人の天狗の周りを回り、その姿を隠した。 やがて、その姿を隠し切った時には、二人はいなくなっていた。 驚きと共に切ない気持ちが結子に溢れた。 もっと知りたかった。 もっと話したかった。 「結子さん」 気がつけば、側にツグが控えていた。 「あなたには、心からのお礼を」 ツグはそう言うと、結子の手を握り、そっと自らの額に当てた。 「そんなのいいのよ。 だって友達じゃない」 結子がそう言って、手を握るとツグは泣きそうな顔で微笑んだ。 「もっと話したかった。 もっとあなたと」 「私もよ。 ほら、私達って大変な人を好きになっちゃったじゃない? だから、もっと二人で愚痴とか言い合えたらよかったのにね」 ツグは目を丸くするが、今度はくすくすと笑って結子を抱きしめる。 「ほんとに、ほんとうに、私は結子さんのことが好きになりました」 「うん。また、いつか会うね」 当てのない約束だったが、さよならを言うよりはマシだと思った。 ツグは花のような笑顔を残して、嘉次郎の元に戻った。 「時貞、先に向うで待っているぞ」 「あぁ」 男とはわからないらものだ。先程まで喧嘩をしていたのに、今度は昔からの親友のような顔をして挨拶を交わしている。 (ほんと、振り回されるこっちの身にもなってほしいわよ) 「みなさん、本当にありがとう!」 ツグのその声に呼応するか桜吹雪が彼らを包んだ。 桜吹雪が消えると、二人の姿は消えていた。
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