第一章

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「時貞様、よろしいですかな?」 忘れていた狐が、結子達の足元まで歩いてきた。 「時貞様、そろそろ探しに行かねばなりません。きっと、ツグ姫様はお待ちですよ。 それにあまりここの時代の者と関わりを持ってはいけません。 未来が変わってしまう恐れがあります」 「おぉ、そうだったな。気をつけよう。 それにツグのやつも、俺を待っているに違いない。 ところで、女、今は何年だ?」 「令和元年だけど」 「れいわ?今の年号はそんな名前なのか。 して、日和、わしらのいた時代から何年後なんた?」 「ざっと、150年後ですかね」 時貞と呼ばれた少年は感嘆の声を漏らした。 「150年もか…そうか…そうか。 影天狗め。誠、奇怪なことをしよる」 時貞は悔しそうだが、どこか楽しそうな複雑な顔をした。 それは、結子が所属する弓道部の部長が他校の名手を褒めた時と同じ顔だった。 「ぐずぐずはしておられんな。行こう、日和。 あまり大勢に見つかって厄介だ。 ここはできるだけ穏便にいくぞ。 女、達者でな。 あ、それと、あまり薄着をするな。特に足元がふしだらだぞ」 侍は結子を頭からつま先まで、見渡すと、ふっと笑ってすれ違って行く。 彼の滑らかに流れていく髪を結子は見送った。 (ふしだら……ふしだら……なんだっけ…) 狐も「ではっ」と言って、侍の元に掛けていき、二人は仲睦まじく神社を去ろうとしている。 (ーーなんだっけ…えーっと、えーっと、あ、 みっともないってことだ!) 「ちょっと待ったー!」 鳥居が揺れそうなほどの大声を、結子はあげた。 石段に足をかけた二人は、びくっと体を振るわせ、見開いた目でこちらを振り向く。 「もう、色々ツッコミどころがありぎて、ほんと、腹立つ! まず、私はふしだらじゃない!このスカートの長さも普通よ。普通。今時、みんなこんな感じなの! それと、そんな格好で人に関わらないようにって、絶対無理じゃん!すぐに補導されるんだから! 下に降りたら絶対だめ!ぜーったいに、ダメー!」 狐と侍は顔を見合わせ、目を丸くしてこちらを見ている。 「特にそこの狐ー!」 毛を逆だたせて指差す結子の剣幕に、「はい!」と狐が背筋をピンと伸ばす。 「何でしゃべれてるのか知らないけど、しゃべれる狐なんて普通はいないの。 自分のことおかしいと思わないの?不用心よ、不用心!」 狐はしゅんとした様子で、「はい」と返事をした。 「どこから来たか知らないし、何しに行くかもわかんないけど、非常に無計画なことは感じられる。 うん、すごく無謀でアホなことはわかる」 腕を組んで、イライラとつま先を打つ結子を見て、侍と狐はまた顔を見合わせた。 そして、ヒソヒソと何かを話し始めた。 やがて、時貞は腰をあげる。 「女、お前の言う通りだ。 わしらはここの時代について何も知らない。 聞けばここはわしらがいた時代の150年後だと言う。 恐らく、わしらが知っていることは何一つ残っていないだろう。 名乗っていなかったな、わしは上月 時貞。 女、これからお前の世話になる」
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