第九章

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『今は昔。 一つの国、飢饉に合う。 国を救うには、嫁がもちいる結納金に頼るしかなかった。 が、祝言の夜、一羽の天狗が現れる。 天狗は言った。 お前の嫁になる女を寄越せば、井戸の水をきれいにしてやろう。と。 城主と男は喜んで女を差し出した。 女も喜んでそれを受け入れ、空へと消えた。 こうして天狗は姫と幸せに暮らしたと言われている』 え?井戸の水? 「お兄ちゃん、どういうこと?」 . 貴明を見ると、笑みをこらえきれないといった感じで口をモゴモゴ動かしている。 「僕の作戦がうまくいったんだ!」 突然、図書館でガッツポーズをして叫んだ貴明に周囲は振り返る。 慌てて、貴明を席に着かせると、 「何、どういうこと?」 と小声で問い詰める。 「僕は、左近と右近にバクチャーを渡したんだ」 「バクチャー?」 「バクチャーっていうのは、水環境中の微生物と接触することで、微生物の分解作用を急速活性させる働きがあるんだ。 バクチャー自体は微生物を含まないんだけど、環境中の微生物活性化の触媒、起爆材の役割をするんだ。 今じゃ水質汚染や土壌汚染など、さまざまな環境問題で使われてる」 「それで?」 「おそらく、彼らはバクチャーを天狗の秘蔵品として、上月家に差し出し、見返りとしてツグ姫を得ることを提案したんだろうな。 上月家としては、結納金をもらって借りを作るより、 これかも自分達の力で生きていける方法を得たかったんだうと僕は考える」 貴明は満足げに頷いた。 「未来が変わらなかった理由として、ツグ姫の子孫が残らなかったことだな。 ツグ姫は本来であれば、自害している。 だが、今回では天狗の嫁となってはいるが、家からは消えている。 もしかしたら、子供もいなかったんだろうな」 だとしても、彼らは幸せだったことは容易に想像できた。 彼らはきっと、死ぬまで手を離さなかっただろう。 「あ!」 また、貴明が大声を出した。 「今度は何?」 貴明は笑いをこらえるのに、必死そうだった。「月桜物語」作者の名前を見て、結子は思わず「あ!」と大声をあげてから、慌てて口を覆った。 『左近 右近』 「あいつらだったのか」 「名前、ちゃんと書いたんだ」 二人は顔を見合わせて笑いあった。 「まだどこかで生きてるのかな?」 「どうだろか。天狗は長寿だと聞いているし、もしかしたら、ありえるかもな」 見上げた空は青く、今もどこかの空で天狗が舞っているかもしれないと思うと、不思議と何だか楽しい気持ちになった。 「ま、ここに書いてあることは僕達の物語のほんの一部にしかすぎない。 聞いていることと、実際っていうのはかなり違うからね。 そうだなー。今回、僕らの物語は、 月桜物語 時掛異聞 ってとこかな」 貴明は結子にド下手なウィンクしてみせ、それを見て結子は大声で笑ってしまった。
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