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「すべては、若様のため」
もう1匹、空から天狗が現れた。
格好は同じだが、苔色の髪をしている。
彼もまた高い鼻が伸びる顔には艶があった。
苔色の髪の天狗が自分の頭に手を伸ばし、数本髪を引きちぎると、ふっと息を吹きかけた。
すると、その髪は見る見るうちに彼らよりふた回り小さな、ミニ天狗となった。
本体ほど、生命のある目をしているわけではないし、体は小さいがそれらはぬらりと立ち上がり、きちんと自分のするべきことがわかっていた。
小さなそれらは、腰から刃を引き抜く。
突然、結子は横に突き飛ばされた。
「女、逃げろ」
「でも!」
「なぁに、心配することはない。
多勢に無勢はなれておる。昔、よく仕込まれたからな。
それよりも、お前に大事ないようにしておけよ。
後で世話になるからな」
この状況で何言っているの?
結子は戸惑いながらも、他に自分にできることはなさそうだった。
時貞はふっと笑って、刀を振りかざしながら、天狗達に突っ込んで行った。
彼の刃は的確で、髪を媒体とした天狗を一撃で切った。
袈裟斬りにされた天狗を見て、結子の背中には冷たい物が走ったが、血は流れず、苔色の髪が舞うだけだった。
できることはない。
結子は踵を返して鳥居まで走った。
振り返りはしなかった。
時貞が鬨の声をあげ、砂利を踏み込む音や、刃がぶつかる音が背後で聴こえていた。
それでも、自分にできることはない。
ここを逃げ出すしか、できることは!
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