第一章

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「すべては、若様のため」 もう1匹、空から天狗が現れた。 格好は同じだが、苔色の髪をしている。 彼もまた高い鼻が伸びる顔には艶があった。 苔色の髪の天狗が自分の頭に手を伸ばし、数本髪を引きちぎると、ふっと息を吹きかけた。 すると、その髪は見る見るうちに彼らよりふた回り小さな、ミニ天狗となった。 本体ほど、生命のある目をしているわけではないし、体は小さいがそれらはぬらりと立ち上がり、きちんと自分のするべきことがわかっていた。 小さなそれらは、腰から刃を引き抜く。 突然、結子は横に突き飛ばされた。 「女、逃げろ」 「でも!」 「なぁに、心配することはない。 多勢に無勢はなれておる。昔、よく仕込まれたからな。 それよりも、お前に大事ないようにしておけよ。 後で世話になるからな」 この状況で何言っているの? 結子は戸惑いながらも、他に自分にできることはなさそうだった。 時貞はふっと笑って、刀を振りかざしながら、天狗達に突っ込んで行った。 彼の刃は的確で、髪を媒体とした天狗を一撃で切った。 袈裟斬りにされた天狗を見て、結子の背中には冷たい物が走ったが、血は流れず、苔色の髪が舞うだけだった。 できることはない。 結子は踵を返して鳥居まで走った。 振り返りはしなかった。 時貞が鬨の声をあげ、砂利を踏み込む音や、刃がぶつかる音が背後で聴こえていた。 それでも、自分にできることはない。 ここを逃げ出すしか、できることは!
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