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第三部 亡き王女のためのパヴァーヌ
「北さん、南君のこと好きなの?」
山口恵子に呼び止められて尋ねられた。彼女が単独で行動しているのは珍しい。いつも取り巻きを連れている、私には理解しがたい奴。
「さあね」
私は教科書を鞄に詰めながらわざと不機嫌そうに答えた。
「むかつくのよ、北さん。そういう所が女子に、はぶかれる原因なんだよ」
いつもなら、山口の相手なんかしない。だが、せっかく一人で尋ねに来てくれたのだから私もちょっと真面目に相手をしてやる。
「なんで、馬鹿正直に答えないといけないの? 山口さんに答えなきゃいけない義理があるかしら」
「北さんって気取ってるよね。お高くとまってるっていうか。ピアノは上手いし、なんでも器用にこなしてさ。そのくせ、ちょっと綺麗だから男子の受けはいいし。」
「その代わり同性の受けは最悪だけどね」
私はシニカルに笑って答えた。山口はちょっと複雑な表情をした。そして、強い口調で言葉を続けた。
「このクラスでは私がルールなんだよ。北さんも私のグループに入ればいい。はぶられることもなくなるよ」
勝ち誇った笑みを浮かべた山口を見て、なんか馬鹿らしくなってきた私は
「愛想笑い浮かべて、山口さんのイエスマンになれば居場所が出来る訳ね」
やっぱりこの人は理解出来ないと
「答えはNOよ」
と交渉を決裂させていた。山口は泣きそうな顔をして
「後悔しても知らないから」
と捨て台詞を残して教室を去っていた。
明日から何が始まるのか、考えるのもめんどくさい。私は自分も他人も大事に出来ない。
大切なのはピアノと洋平君への想い。だが、上手く立ち回り出来なくて自分でも困惑していた。それでも山口のグループに入ったら、もっと苦しくなりそうだ。それは容易に想像できた。それにしても、山口は何で急に私に声かけてきたのだろうか。泣きそうだった山口の顔は少し憐れだった。それになぜか可哀想に思えた。
それにしてもなんでも器用にこなすか。自嘲気味に笑う。私は負けず嫌いだから、人一倍努力する。ピアノは好きだから努力も楽しいけど。勉強は好きなテレビ番組を観るのを我慢して、遊びにも行かず、予習・復習をかかさず試験勉強した結果好成績をキープしている。
そんな器用に出来る訳ないじゃん。少し考えればわかるだろ。ちょっと腹立たしかった。凡人には泥臭い努力が何もかもについてくるものなのだ。
今日も独りぼっちで、自宅に帰宅した。
「ただいま」
声がいつもより響く。太志と母さんは買い物にでも行ったらしい。私は心を静めたくてラヴェルの「亡き王女のためのパバーヌ」をゆっくりめのテンポで弾いた。
山口のことが心をよぎった。不思議だった。
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