第七部 愛の夢

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第七部 愛の夢

「北さん、昨日ピアノ教室に顔出してくれたんだね。母さんも喜んでたよ」  学校で顔を合わせると直ぐに洋平君に言われた。やっぱり、随分心配して下さっていたんだと改めて思い、先生に感謝した。    洋平君は今日も独りで読書をしていて、取巻きの女の子達は教室の隅に集まって私達二人を視ていた。私はなるべくいつも通りを装って、洋平君に話かけた。 「私、ショパンの幻想即興曲の練習をすることになったよ」  久しぶりに私からピアノの話をした。それが嬉しくて自然と笑みがでた。 「北さん、また真剣にピアノと向き合う踏ん切りがついたんだね。なんだか自分のことの様に嬉しいよ」  たったその一言なのに、今日も一日学校で頑張れる気がした。  チャイムが鳴って、山口が近付いて来た。私は少し身構える。今日は取巻きを両サイドに一人ずつ。真ん中に山口が陣取って腕を組んで、偉そうにしている感じが嫌だ。  私は関わりたくないから目を逸らす。 「北さん」  少しヒステリックな声で呼ばれた。 「何か用?」  つとめて平静に答えた。山口は私の瞳の辺りをじっと見ているがなかなか話し出さない。それでも私は待った。やがて、腹を括ったのか話し出した。 「私ね、もう利用価値がないみたいなの。自分でも情けないけど。正直、北さんのことが羨ましかった。美人で成績が良くて、ピアノが上手くて。私が勝てるものなんて一つもなかった。私はこのクラスになるまで、ずっと女王様だったの。北さんに会ってから一番じゃなくなちゃった。あなたがいなければ南君ときっと上手くいってった!」  涙を浮かべてまくし立てる山口を見ていたら、だんだん頭が整理されてきた。 「私は別に他人と競争してないから。だから山口さんのことも、嫌がらせをしてこなければ何と思ってないよ」  そう手短に返答して私は、席を離れた。
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