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第八部 慟哭
「利用価値がなくなったみたいなの」
山口の言葉がひっかかっていた。いったい誰にとっての利用価値だったのか。確かめない方がいいこともあると知っていたが、私は気になることを曖昧には出来ないたちだ。
放課後、心当たりのある人物に訊いてみることにした。私の下手な推測が当たらないことを祈って。
彼は今日も文庫本を読みながら、誰かを待っているのか教室に残っていた。
「洋平、訊きたいことがあるの。気を悪くしないでね」
「北さん、何かな」
何だか私が来るのが分かっていたように、何故か嬉しそうな表情で文庫本を閉じながら洋平君が返事をする。
「私、山口や取巻きのグループとは上手くいってなくてね。彼女からは、呼び出しされたり嫌なことも言われたし、正直いい感情はもってないよ。だけど、もし山口が誰かに好かれたい一心でそういう行動に出たのなら気持ちがわからないこともない。そして、後ろで糸を引いている人物がいたのであればその人物を許すことは出来ない」
とても緊張して、手のひらは汗をじっとりかいていた。
「北さん、よくわかったね。どこで俺が黒幕だってわかったの」
洋平君が魅惑的で余裕たっぷりの表情で答えた。私は愕然としながらも言葉を続けた。
「彼女が落ち込んだ様子で、自分には利用価値がなくなったって漏らしたの。だから、誰にとっての利用価値だったのか気になってしまって……」
洋平君の答えは予想以上に悪質なものだった。
「そうだよ、俺はずっと山口と取巻き連中を利用していた。北さんとの関係を深めるためにね。君に俺以上の理解者が出来るのも嫌だったし、貴方の逃げ場になりたかったからね。それには山口たちに北さんを仲間はずれにさせておくのがちょうど良かったんだ」
「どうして、そんなひどいことしたの。私はとても悩んだんだよ。それにそんなことしなくても、私は洋平が好きだよ。特別だったよ」
私は声に怒りをにじませて伝えた。山口の辛さを考えるとやり切れない。そしてこんな時に気持ちを伝えることになったのがはがゆかった。
「北さん、俺のこと想ってくれてたんだ。嬉しかったな。でももう幻滅もいいところだろう」
切ない声。潤んだ瞳で洋平君が見つめてくる。
「洋平、昔から優しくて私の陽だまりだったんだよ。いつから、そんな怖いことが出来るようになったの?」
私は、それでもすぐに彼を嫌いにはなれなかった。
「色々ちやほやされて、上手く立ち回ることが僕にとってゲームの様に楽しく心地よいものになってしまったんだ。本当に大切なものを見失うほどにね」
寂しそうに瞳がかげる。
「悪いところがあるから、欠点があるからって急に嫌いになれないよ。洋平の馬鹿。今の胸の痛みを覚えておいてよ。山口も私もとても傷付いたんだから。洋平の音、聴かせてよ。本当の心の音を」
私は心のそこから洋平君のことが好きなのだ。どんなひどいことをされたとしても。人を好きになるって嬉しくて怖いことなのだ。
「北さん、すまない。今はそれしか言えないけど」
そしてためらいがちに
「嫌いにならないで」
彼は弱々しく言った。二人きりの教室に、にじんだ声が響いた。
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