第一部 雨だれ

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第一部 雨だれ

 私は幼稚園の頃からピアノ教室に通っている。そして、今は辞めようかどうか迷っていた。  (みなみ)ピアノ教室、こじんまりとしつつのんびりしたその場所が私のオアシスだった。南先生がやっているから南ピアノ教室。  南先生には私と同級生の(みなみ)洋平(ようへい)というお子さんがいる。洋平君と私、(きた)智子(ともこ)は同じ坂上(さかがみ)中学校に通っている。 本当は、洋平君と呼びたいのだが、強がりな私はいつも、彼を呼び捨てにしてしまっていた。 「おはよう、北さん。消しゴム落ちたよ」  洋平君が拾ってくれる。朝からラッキーだ。私は大事に消しゴムを受け取ると 「洋平、ありがとう」  とそっけなく言った。  私は南洋平に恋してる。なんでだろう。気が付くと洋平君を目で追いかけている私がいた。今日は洋平君が消しゴムを拾ってくれたから、一日少し幸せな気持ちだった。 「北さん、最近ピアノの練習にこないよね。どうかしたの?」  帰り道偶然一緒になった洋平君にたずねられた。 「ピアノに向かう気持ちになれないんだよね」  私は本音を言った。 「俺、北さんのピアノの音が好きだよ。だからもったいないと思う。練習しないと腕が落ちてしまうよ」  洋平君は、本当に心配してくれているようだった。でも、素直になれない私は 「私程度に弾ける子は、同学年に沢山いるもの。どうせピアノで食べていこうとは思わないし、いけないし」  どうして洋平君の気持ちを台無しにするようなこと言っちゃうんだろう。自分の不器用を通り越して人を傷つける物言いを後悔した。  悲しい顔して洋平君が 「それでも、北さんの音を聴きたいんだ」  と言ってくれた。 「ありがとう」  ぶっきらぼうに一言発すると、私は逃げるように自分の家へ走り出した。  家に帰って、ピアノの前で思いっきり自己嫌悪に陥る。本当は、小さな頃からピアノが大好きだ。今も変わらず。  ただ存外私は嫉妬深いらしい。洋平君が、ピアノ教室の女子たちに囲まれているのが気に入らないのだ。  自分が輪の中に入れないのも辛かったし、洋平君はどの子にも優しかった。  私は自分の気持ちを慰めるためにいつしかショパンの「雨だれ」を弾いていた。 「北さんって、南君に対して馴れ馴れしいよね」  最初に呼び出されたのはいつの日か。いつも五人グループで活動している同級生のリーダー格山口(やまぐち)恵子(けいこ)に絡まれた。この五人は洋平君のおっかけで、ピアノ教室に入ってきた。    背が高く、物腰も柔らかく優しい洋平君は学年でモテモテだった。だが、洋平君が誰を好きかは幼なじみの私を含め誰も知らなかった。
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