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会議室をノックして中に入った。
涙目の倉田が目に入る。
責められた訳ではないはずだ…梨香も高橋も責めるような事は言わないはずだと思えたからだ。
静かに一礼して、倉田の前の席に座った。
高橋はひと席置いて倉田の横に座っていて、梨香は倉田の直ぐ横だが斜め前にいた。
梨香が真ん中に座り、両側に倉田と水菜が座る感じだ。
「話は大体、聞きました。逆恨み、とまで言いたくはないですけど、簡潔に言えばそんな感じになります。私も引継ぎの際にもう少し秘書としての仕事内容をきちんと決めておくべきだったと反省しています。何分にも、私も秘書なんてわからないままやってましたし、一人でしたしね?
会社も人が増えて、やり方も変わるべきかとも思いましたし…。
これからは秘書同士の連携を今より密にしようと思います。
それで…結論から言いますと、今回はこれで終わりにしたいと思いますが、石原さんは如何ですか?」
「構いません。ただ、私の復帰は彼女にとって嫌な物だったのでしょうか?
仕事は丁寧に教えたつもりです。産休に入るまで倉田さんとは上手く連携も取れていたと思っています。嫌われているとは考えてもいませんでした。
そこを教えて頂きたいし…嫌いなら、その私と、一緒に働き続けることは可能ですか?それを聞きたいです。」
水菜は冷静な声で淡々と話した。
「倉田さん?この際だから、全部……吐き出した方がいいと思うわ。」
梨香が言うと、倉田は重い口を開いた。
下を向いたままハンカチを握り、小さな声で話し始めた。
「秘書になって…石原さんは憧れでした。本当です。
社長の奥様と聞いて驚きました。でも、妊娠中は社長の側で仕事をされていましたし、大事にされていてお幸せだな、いいなって思ってました。
私、その頃実家で、父親が暴力を振るう人で、妹もいるので心配で出て行けなくて…石原さんが産休に入られて、母が離婚を決意して家を出ました。
田舎に妹を連れて帰ったので一人暮らしを始めました。
忙しくなって彼氏と別れて、ちょうど仕事でフロアに行くと、石原さんはこうだったとか、もっと理解してくれたとか、比べられて…取引先からも石原さんの名前が出て、私、頑張っているのに、納得が行かなくて…。
忙しいからフロアのチームの仕事は、チームが把握すればいいと思い始めて、聞き取りは辞めました。生意気な感じにも映ると考えての事です。」
「……大変だったね?引っ越しだけでもきついのに、お母様や妹さんとも別に暮らすのは寂しいわよね。フロアチームの聞き取りは、もっとチーフに私からきちんと引継ぎを強めに言うべきでしたね。倉田さんは入社して1年と少しでどうしても下に見られてしまう。それは私のミスです。
ごめんなさい。」
謝られて、倉田は驚いた顔をして、申し訳なさそうにもっと下を向いた。
「力不足ですみません。社長から、サラダを頂きました。社長には大したことではありません。一人になっておにぎりを食べながらメール確認や資料確認でお昼が追われていました。
石原さんは今頃、赤ちゃんとのんびりしていて、旦那様の社長に毎日お弁当を作って…考え始めたら、私は一人で仕事に追われていて、家に帰っても一人で、何だか……やり切れなくなりました。
羨ましいと…何も悩みがなくて、仕事も出来て、社長と結婚されてお子さんも生まれて、復帰もして…。復帰した石原さんがいい人であればあるほど、何か…不幸はないか、探していたと思います。」
「不幸がないから…作ろうとした?旦那の浮気かな?」
水菜が少し笑いながら言うと、倉田は上を向いて返事をした。
「はい、ごめんなさい。少し前に、偶然でしたけど、胸を触られた事があり、その時、社長が停止していたので、もしかしたら女性に弱くて簡単に引っかかるかと、思いました。全然、引っかかりもしませんでしたけど…。」
「真、あ、社長ね?昔は女性が沢山いたの。私が軽蔑してたくらい。」
「えっ?」
信じられないという目を水菜に向けた。
「だから、社長は私に信じてもらおうと必死で、あのカメラもそのために付けたの。浮気防止?疑われるの防止かな?結婚するまでも、かなり時間が開いているのよ?私が男性が怖かったから…。
ね、もう一度、頑張らない?倉田さんはいい秘書になると思うの。
一緒に……頑張れないかな?」
水菜が優しい声で言うと、倉田は泣き始めた。
「石原、さんと……一緒に…働きたいです。」
泣きながら、それでもはっきりと言った。
「良かった。嫌われていなくて…ほっとしたわ。これからもどうか宜しくね?」
手を差し出した。
両手で…震える手で、倉田は水菜の手を取り、また泣いた。
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