あなたになりたかった

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「今日は早退をして、落ち着いて、身体と心を休めて…。」 と言う梨香に、倉田は働きたいと、強く言った。 小さな声で、 「石原さんが嫌でなければ…。」 と付け足した。 水菜が嫌と言うはずもなく、秘書室に2人きりになった。 「あの…私がこちらでは、申し訳ないと言いますか、後輩ですし、あんな事をしておいて……。」 言いにくそうに倉田は机を交換したいと、言い出した。 水菜は笑いながら答える。 「座る場所なんてどちらでもいいでしょ?私は早く帰るし、その後は倉田さん一人で社長の通話から電話まで対応するのだから、そっちの机が便利よ? 一緒に働き続けるのだから机なんてどちらでもいいんだわ。」 「あの…社長の事は、何とも思ってませんから。かっこいいとは思いますけど…好きとか、そういうのではありません。」 「うん、良かった。」 「よかった?ですか?私が好きじゃないのが、ですか?」 「だって、あの人、胸の大きい人好きみたいだし、いつも可愛らしい洋服を清潔感ある感じに着こなしてて、実際、若いし可愛いしね?」 突然、誉められて、倉田は恥ずかしそうに下を向いた。 「いつも笑顔で、凄いなぁって思ってたの。そんな人から好きですなんて言われたら、ちょっとはね?気持ちもぐらぐらするかもしれないでしょ? 信じたいけど、人の気持ちだけは分からないし、自分に自信があるわけでもないしね?」 「石原さんがですか?自信がないんですか?」 信じられないという顔をして、倉田は前のめりで聞いた。 「ないよぉ?最初は七瀬さんなんて最低って思ってたし、どうしてこんなに良くしてくれて、待っててくれて、私の何処がそんなに気に入ってくれたのか、全然分からないし、今でも結婚したのが不思議なくらい。 ずっと独身だと思ってた。」 「そう…なんですか?」 「うん。私も彼氏とは上手く行かなかった人だから、倉田さんもきついと思うけど、他に良いご縁はあるよ?きっと…。」 「野菜サラダ……。」 思い出した様に倉田は呟いた。 「うん?」 「細かく切ってあって、しっかり味もあって、本当に美味しかった。」 「そう?持って帰って来て、洗ってあったから誰かに食べさせたんだなぁとは思った。まぁ、飽きたんでしょうね?毎日だったし。 野菜、あんまり好きじゃないから、ついね? でも考えたら、社長、詰めが甘いわよね? うん……考えたら、いつも何かバレてる気がする。」 「そうなんですか?浮気したら直ぐわかりますね?」 「ほんと!直ぐバレるタイプだわ。」 水菜が言いくすくす笑うと、倉田も緊張の糸が切れたようにくすくすと笑った。 その笑顔を見て水菜は優し声で言う。 「倉田さんは、笑顔がいいわ…やっぱり。だから秘書に引っ張ったのだもの。 その笑顔なら、誰だって優しくなると思うわ。」 照れたように笑い、倉田はそれから真剣に仕事を開始した。 真への報告も兼ねて、久し振りにフリーフロアにお弁当を持って二人で来た。 「なんか、椅子が変わったぁ…。」 水菜が言うと真も本当だと言い、お弁当を開けた。 「あれ?サラダのタッパーは?」 ご飯とおかずのお弁当箱を並べて、真は水菜の顔を見た。 「辞めたの。あ、今日は、だよ?あと、毎日は止める。時々にする。 飽きちゃうでしょ?」 「俺が倉田にあげたから?」 「それだけじゃないけど、それは考えるきっかけかな?無理に食べさせても仕方ないし、結構、切るのも時間かかるんだ。だからない方が手抜き出来るの。今日もおにぎりじゃないでしょ?これも手抜きね?」 「水菜には何でもバレるんだな…。梨香に報告は受けたけど、大丈夫そうか?二人で…。」 「うん、平気だよ?良い子なのよ?寂しかったんじゃないかな?急に一人になって、仕事でも一人になって、頑張っているのに比べられている気分で。」 「だからって人を傷付けて良い理由にはならないけどな?」 真は不機嫌そうにお弁当を食べる。 「美味しくなさそうに見えるし、消化に悪そうだから笑顔で食べてくれる?」 と水菜が言うと、笑顔を水菜に向けた。
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