4109人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃあ、この面白くない子供向きを流すのか?」
不機嫌な社長が呟く。
「あの………宜しいでしょうか?」
石原が手を挙げていた。
この状態で度胸があるなぁと思う。
どちらかというと石原は、社長の奥様で、社長の後ろで静かにしているタイプだ。
産休復帰後の会議に出ても発言はない。
「水菜?珍しいな。いいぞ。」
後ろをチラッと見て社長が言う。
「はい、年末に入ります。小中学生もお休みになりますから、ネットを見る機会も増えます。昼間の時間帯は今、出来ている広告を、夜から大人向けに社長の言う面白い綺麗な広告を流すのはどうでしょうか?」
「ああ、それなら、作ったのも無駄にはならないわね?」
今川も横から同意する。
「綺麗な?」
社長はそこに引っかかった表情を見せた。
「はい、新しいゲーム。綺麗な映像でした。そこは見せるべきです。」
「綺麗……だった?」
「はい!とても…私だけ…ですか?」
不安そうに石原が言うと、広告を作った担当者が立ち上がる。
「いえ、自分もそう思います。ただ、最初から出して良いのかと思ってまして…いいなら是非、綺麗な映像を全面に出して作りたいです。」
広告担当の広報が言うと、社長も顔が少し綻んだ。
「任せた。出来たらサンプルを送ってくれ。20日まで。会計は予算出しておいて、後は副社長に任せる。解散。」
「水菜、良い案ありがとな?」
「わざと言ったでしょ?最初は好きに作らせたのね?どうして追い詰めるの?」
「追い詰めると実力以上の物が出来たりするんだよ。」
「サドなのね?」
周りに聞こえない程度の声で二人はボソボソと話をして、社長は先に部屋を出て行った。
石原はまだ残って最後まで椅子を片付けたり、お茶を片付けたりしている。
会議室の準備も秘書課の仕事だが、今川はもういない。
社長夫人が、どうしてと思ってしまった。
パイプ椅子を畳んで一箇所に固める。
「あ!持ちます!石原さん、妊婦さんでしょう?駄目ですよ。」
思わず手を出した。
「だからひとつずつよ?でも、ありがとう。」
「社長夫人でしょ?こんな事しなくても…。」
思わず口を突いて出た。
「これは秘書課の仕事で、全員でやる事よ?」
不思議顔で答えられた。
「ですが、今川さんはいません。」
「だって彼女は室長だもの。広告の変更があれば社長達のスケジュールも変わるし、みんなを無事に年末年始に休ませたいと思えば、すぐにでも打ち合わせしたいでしょう?」
「あの…どうして会議で意見を?」
林田はエターナルの最終兵器の話は聞いていた。
それでも会議の社長は不機嫌で怖かった。
それは石原が復帰しても変わりはなく、エターナルの最終兵器など誰が付けたんだと思っていたのだ。
「珍しく?」
と言い笑う。
「いえ…。」
困って林田も笑った。
「広告、見やすくて分かりやすかった。私ならあれで十分だと思う。
ネット広告、普段からあまり見ないしね?だから勿体ないと思って。
見やすい良い広告なのに、新しく作ったら見れなくなるでしょ?
勿体ないわ。じゃあ、両方流せばいいじゃない?って思っただけ。」
「社長は、石原さんに甘いという事ですか?」
エターナルの最終兵器と呼ばれる訳は、社長夫人だからだと思い込んだ。
林田の言葉にさらに水菜は不思議顔をする。
「会議では私の意見が通る事が稀よ?誰に甘いとかないと思う。
広告の出来に最初から期待してた。さらに期待した。それだけでしょ?
椅子、ありがとう。林田君が秘書課に残ってくれて嬉しいわ。
副社長は動く事が多いし、女性では体力的にも時間的にも副社長は気にされるから…。」
「いえ、前の会議も今回も、最初からご自分で見ていれば良いと思いました。
見てもいなくてみんなを責めている様な言い方は好きになれません。」
言ってから林田はハッとした。
相手は社長夫人だからだ。
「すみません…。」
「ううん、いいの。最初から見たら社長は手も口も出しちゃうでしょ?我慢出来ない人だから。わざと見ないんだと思う。任せてるの。会議でそこをフォローするのは、お付きの秘書の仕事でしょ?
それは、私の仕事。じゃあ、お疲れ様。」
「お疲れ様…でした。フォローが仕事か…。」
今川梨香の後ろに付いて、一日中を共に過ごした。
彼女の仕事振りは、まさしく痒い所に手が届く様な補佐だった。
付いて回り、言われるまま資料を出しボールペンを出す自分とは違うと、考えさせられた。
「秘書かぁ…。影になり管理してフォローする事。楽に見えて細かい神経が必要…うん……面白そうだ。」
営業がかっこいいと思った時期もあった。
それでも林田は秘書課を選んだ。
面白くなると思えたからだった。
最初のコメントを投稿しよう!