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第十一話 魔導ギルドと冒険者ギルド
とりあえず私とメイはドアを開けて中に足を踏み入れた。立て付けが悪く床を擦る不快な音が耳に響く。
外はボロでも中はしっかりしている、なんてことはなく、やはりひどい有様だ。カビ臭いし、蜘蛛の巣も張り放題といった状況でもある。
「ここは本当にギルドか? そもそも人がいるのか?」
「ご主人様、カウンターに人が」
掃除も全く行き届いてなく、荒れ放題な様子に呆れる思いだったが、メイに言われカウンターを見ると確かに人の姿があった。受付嬢か? カウンターの台に突っ伏しており私たちには気がついていないようだ。
「おい、起きろ」
肩が上下しているので死んでいるわけではない。ただ寝ているだけなようなので肩を揺らして起こすことにする。
「んぁ……」
顔を上げたのは20歳かそれぐらいのヒューマの女だ。赤茶けた髪の毛はボサボサで、度の強そうな分厚い丸眼鏡を掛けている。着ているのは青のローブか。
「え~と、あ! 薬草採取ですか! すみません、今日の分はまだ!」
「? 何を言っている? 私は魔導具を登録に来ただけだ」
「ふぇ? 魔導、あれ? お子ちゃま?」
「誰がお子ちゃまだ! 失礼なことを抜かすな!」
「ふぁ!」
カウンターを強めに叩くとビクッと女が飛び退いた。全く、失礼な奴だ。
「ご主人様は見た目が見た目なので致し方ないかと」
「くっ、それを言われるとキツイ……」
確かに私の見た目はまんま子どもだ。おまけに今はハイエルフであることを隠している。ヒューマ基準で言えば確かに私は子ども以外の何物でもないのだろう。
「驚かせてしまって申し訳ありません」
「いえ、私こそすみません。あの、それで魔導具と言われてましたね?」
メイが恭しく頭を下げた。人間社会で上手くやっていくには相手に配慮する必要もあるということか。
まぁいい。とっとと本題に入ろう。
「そうだ。私の魔導具を見て欲しい」
「あぁなるほど。魔術師のお弟子さんでしたか。それでお使いを頼まれたのですね」
「誰が弟子だ!」
「ふぇ! ち、違うのですか?」
「ご主人様はこう見えても魔導具士なのです」
「ふぇ~お子ちゃまなのに凄いんですね~」
「お子ちゃま言うな!」
「ヒッ、うぅ、なんだか怖いです~……」
両手を顎の前まで持っていき、怯えた子犬のような声で訴えた。なんだか調子の狂う女だ……。
「とにかく、そういうことだから魔導具の登録を頼む」
「え、え~と、そのことなのですが、魔導具の登録はうちでは出来ません」
「は? 出来ない? 何を言っている?」
どういうことだ? このギルドは魔導具ギルドだろう。ならば登録はこのギルドで間違いないのではないか。
「あの、本当にご存知ではないのですか?」
「何がだ?」
「魔導具の登録ですが、今はうちではなく冒険者ギルドが行っているのですが……」
「な、なんだって! 何だそれは! どういうつもりだ!」
「ひ、いえ、ですからもううちでは魔導具関係は扱えなくて……」
なんだそれは? 意味が判らんぞ。魔導ギルドが魔導具の登録が出来ないなんて何の冗談なんだ?
「なら管理はどうしているんだ? ここで登録魔導具の管理をおこなっているのだろう?」
「いえ、それも4年前から全て冒険者ギルドが行うことになって……」
「なんてこった……」
私は思わず天を仰いだ。以前から冒険者ギルドが力をつけすぎることを危惧はしていたが。魔導具の管理までやるとは。
「あの、何かもうしわけありません」
「……別に謝ることじゃない。私たちが知らなかったというだけだからな。しかしそれなら仕方ない邪魔したな」
あまり気は進まないが、魔導ギルドでやっていないというなら仕方ない。このまま冒険者ギルドに向かうことにしよう。
私はとっとと魔導ギルドを出て、冒険者ギルドへ向かうことにする。
「しかしメイ、以前は魔導具の登録は魔導ギルドで行っていたのだろう?」
「はい、ちょっと前まではそうでしたね」
「ちょっと前か、しかしあの娘は4年前には冒険者ギルドに切り替わっていたと言っていたが、一体いつの話なのだ?」
「ほんの10年程まえですね」
10年前か……どうりで。
「メイ、確かに10年は我らエルフ族からすればほんの少し前のことだが、人間族からするとそれなりの時間になるのだぞ」
「そうでしたか、以後気をつけます」
まぁメイは基本私の屋敷で過ごしていたからな。時折街には降りてくれていたようだが感覚的にはエルフ基準にあるのも仕方ない。
さて、冒険者ギルドの場所は……魔導具に頼らなくても判るからさっさと移動した。
「やれやれ、同じギルドでも随分と違うものだな」
魔導ギルドは人が通りそうもない街の外れにひっそりと建っていたが、冒険者ギルドは大きな通りに面していて外観も立派だ。街には石造りの建物が多いが、冒険者ギルドは赤煉瓦造りの中々立派な建物だ。敷地もかなり広く建物だけではなく庭までついていた。三階建てで高さは勿論幅にも随分と余裕がある。
看板も堂々としていて、入り口のドアも余裕のある両開きだ。ここまで違うと逆に笑えてくるな。
とにかくメイと一緒にギルドに入る。中もかなり広い。50人ぐらいは余裕で収まるスペースだろう。
奥に見えるカウンターには受付嬢が5人も控えていた。何人かは冒険者の相手をしているが、空いている者もいる。
まだ冒険者が戻るには少し早い時間だからだろうが、恐らくもう間もなく仕事を終えた冒険者が殺到してくる筈だ。
要件はさっさと済ませたほうが無難だろうな。
「ちょっといいか?」
「あら可愛い。ぼく~どうかしたのかな~」
くっ、ここでも子ども扱いか。
「おいおい、いつからここは子どもを預かる施設になったんだ?」
「ガキの癖に、あんなエロそうなメイドを連れてて生意気だな」
そして少し離れた場所から下品な冒険者の声がする。全くやはり冒険者ギルドにはこういう勘違いした連中も多いのだな。
「……ここで魔導具の登録が行えると聞いてきたのだが」
「え? 魔導具の登録、それなら2階でやってるけど……誰がやるの?」
「私だ! もういい。2階だな。邪魔したな」
キョトンとしている受付嬢に背中を向け、私とメイは階段で2階へ向かった。2階のカウンターには金髪碧眼の受付嬢が1人控えていた。他に人の姿はなく、暇そうにふぁ~と欠伸をしたかと思えばその吊り上がり気味な碧眼が私に向けられた。
「坊や、ここは子どもの遊び場じゃないのよ」
凄く面倒臭そうな口調で対応された。いい加減慣れたが、印象だけで決めつける人間が多すぎる。
「遊びで来たのではない。魔導具の登録に来たのだ」
「魔導具の、登録?」
「そうだ。ここでやっているのだろう?」
「そうだけど、誰が? そこのメイド? 魔導具士にはとても見えないけど」
「だから私だと言っているだろう!」
「は?」
受付嬢が金色の眉を怪訝そうに顰めてきた。しかし、仮にも私は客だぞ。にもかかわらず態度が悪すぎだろう。
「……冗談に付き合ってるほど暇ではないんだけど」
「冗談ではないわ!」
大体、今の今まで暇そうにしていただろうが。
「……ふぅ、まあ、今は時間あるから付き合ってやるか」
「お前それ本人を前にしていうセリフじゃないだろう……」
「はいはい、それで一体どんな魔導具があるってのさ?」
全くやる気のない態度で応じられた。この女で本当に大丈夫か?
「そうだな先ずはこれだ」
「どれ?」
「これだ、この腕輪だ!」
「あぁそれ。それがどうかしたの?」
何か疲れてきた……。
「この腕輪は無限収納リングだ。時空魔法の術式が施されていて、念じることで指定した物を腕輪の中に保存することが出来る。容量も無限だ」
「……つまり、その腕輪の中に素材やら荷物やらどんなものでも詰めて置けるってこと?」
「平たくいえばそういうことだな」
まぁ魔導具としては基本的なものだと思うが、マイフルや魔導車が浸透していないこのあたりなら少しは値段がつくかもしれないからな。登録しておいて損はないだろう。
「ぷっ」
ん?
「あ~っはっは! これはいいわ! 無限収納リングって、何それウケる~」
「……」
受付嬢はカウンターに突っ伏し、手でバンバンと台を叩き始めた。なんだ、一体何がそんなにおかしいんだ?
「はぁ笑える。で、他には何かあるの?」
「む、他にか?」
もしかして無限収納リング程度じゃあまりに当たり前で登録できないのか?
「な、なら魔導自走車ならどうだ!」
「魔導じ、何それ?」
「うむ、これは言うならば魔導で動く馬車だ。馬がなくても車輪と箱物だけで自由に道を走れるすぐれものだぞ。しかも速度は馬より圧倒的に速い」
これは町中でもみていないしな。流石に登録可能だろう。
「馬がなくても、魔導で走る馬車? あは、あははははは! それは凄いねぇ! 本当そんなものがあったら街から街の移動にも苦労しない、画期的な代物だよ」
「そ、そうだろうそうだろう。なら登録できるか?」
「ふぅ、笑った笑った。で、何? 登録? はは、馬鹿言ってる。そんな子どもの妄想、出来るわけないし」
「こ、子どもの妄想?」
「さ、そろそろ忙しくなるしままごとなら家に戻るなりしてそこのメイドにでも相手してもらうんだね。ほらほら行った行った」
しっしと野良猫でも追い払うような仕草に私の中で何かが弾けた。
「ふざけるな! もういい! いくぞメイ! いいか、もう頼まれてもこんなギルドに登録しないからな!」
「はいはい、面倒だからもう二度とこないでね~」
全くなんて女だ! 腹が立ちギルドもすぐに出た。
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