第十七話 奴隷を買う

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第十七話 奴隷を買う

 私はフレンズに聞いた奴隷商の店に向かった。状況的に少し急いたほうがいいかもしれないが。 「ご主人様、今後奴隷を連れて旅にいかれるおつもりですか?」  道々そんなことをメイが聞いていた。これが普通のゴーレムなどなら自分から何かを聞いてくることなどないだろうけど、メイには自由意志が宿っているからな。  基本的には主人として認識されている私の為に動くけど、それはあくまで大前提であり、それを踏まえた上で自分の意志も併せ持っている。  じつはこの自由意志という点においては初代アンドメイドであるメイが他のアンドメイドよりも優れている気はしていたりする。  これはより長い年月起動している方が、蓄えられる知識が豊富になり、より複雑な感情を表現できるようになるという点が大きいのだろうな。  それはそれとしてだ、う~ん、何だろ? そこまで表情の変化は感じられないのだけど、気のせいかどこか不満気なような……うん、まぁ気のせいだろうな。 「奴隷は別に自分のために買うわけじゃないんだ。なんというか投資みたいなものさ」 「投資ですか?」 「うむ、まぁ行ってみれば判るさ」  そして私たちはフレンズが紹介してくれた奴隷商店に着いた。最初は驚いたがその店は大通りに面する位置にあった。こういった店は大抵は裏通りにひっそりとあったりするもので、実際多くの店はそうらしい。  だけどこの店に関しては堂々とそこに存在している。一体何を引け目に感じることがあるものかと言わんばかりの堂々とした佇まい。  そもそも店構えだけみれば奴隷を扱っているような店には見えない立派な建物だ。要人御用達の高級宿のような風格がある。 「いらっしゃいませ。当店は紹介状のあるお客様しかお通しできない仕組みとなっておりますが――」    私とメイが店内に入ると、清潔そうな白シャツに黒のベストといった出で立ちの男性が説明してくれた。別に私が子どもだから不審がっているという様子もなく、きっと店に来た相手に平等に説明しているのだろう。客に見せる笑顔にも隙がなく、紹介状のない客であったとしても不快にさせることなくお帰りいただこうという意識が滲み出ている。 「紹介状はある。購入するのは私だが問題ないかな?」 「これはこれはフレンズ氏からのご紹介でしたか。この度はお越しいただきありがとうございます。勿論紹介状さえ見せていただければどなたでも店内を見て頂きご希望の奴隷をご購入いただくことが可能です。ご希望があればできるだけ添うように致しますので」  見た目が子どもな私に対しても至極丁寧に応対してくれている。しっかりとした研修でもあるのかよく教育されているようだ。 「とりあえず、見せてもらおう」 「それではどうぞこちらへ」  彼に案内されて中へ入る。外側もそしてエントランスも広く綺麗に手入れされていたが、奴隷を観覧するための部屋もそれは変わらない。  中は十分に明るく通路も広いな。何より―― 「奴隷には部屋が用意されているんだな」 「はい。当店は他の店とことなり、奴隷にもしっかりとした教育を施した上で、衣食住にしても人並みの物を提供しております。多くの奴隷商は奴隷を檻に閉じ込めますが、あれは精神衛生上よくありません。上質な奴隷は環境から生まれると当店は考えておりますので」  なるほどね。各奴隷は扉に設けられた覗き窓から確認できる仕様になっていた。勿論希望があれば面会も可能となっている。  ただ、案内してくれている店員の話では濁す形ではあるが、面会は奴隷を購入する前提で行うのが暗黙のルールだとか。面会までしておきながら購入を決めなかった場合は次からは来店をお断りする場合もあると。  これも次に繋がるか否かでまた変わるそうだが……とは言え、覗き窓から見て見る限り、確かに奴隷にもかかわらず全員どこか一生懸命で多くの奴隷にみられる澱んだ空気は感じない。 「ありがとう。これなら安心できそうだ。そこで要望があるのだが」 「はい、どうぞご遠慮無く」 「うん、私が望む条件は、年齢は10代でできるだけ若い奴隷、性別は問わないが、商いの才に恵まれていて経理が得意なもの――この条件でいるか?」 「はい、少々お待ち下さい」  席に案内された後、店員の青年が奥に引っ込んだ。メイと座って暫く待っていたら青年が戻ってきて用紙を並べた。羊皮紙だが、そこに黒インキで奴隷の情報が記載されてある。 「お客様のご希望に添える形でお探ししたところ、該当者は3人おりました。年齢は左から12歳、17歳、19歳です」  その話を聞いて私はまっさきに12歳の人物の情報を見た。10代でできるだけ若くと指定はしたがまさか12歳で該当するものがいるとは思わなかった。 「この少年、まだ若いのに、識字もそうだが、古代語などの特殊言語もいけるのか……帳簿もこなせて算術に長ける、非の打ち所がないな」 「流石お目が高い。ウレルは元々商家の一人息子でしたので、小さなころから商人として必要なことを自らすすんで学んでいった子です。努力家で勤勉ですからご購入いただけたならきっとお役に立てると思います」 「なるほどね。だが、なんでそんな優秀な子が奴隷に?」 「……運が悪かったと言うべきか。父親がとある貴族に特注品を届けに行く途中、盗賊に襲われ死亡し、その上積荷を全て奪われてしまったのです。その分の責任を負わされてしまい……」  なんというか踏んだり蹴ったりな話だな。残されたのは母一人子一人という状況で父親も死に店の今後も含めて途方にくれているなか積み荷の責任もとわれ、しかも希少品であった為、損害賠償で店を売却せざるをえなかった上、それでも足りず母親は息子のウレルを奴隷として売ってしまったらしい。  全く救われない話だ。そもそも本来商売と家族は切り離して考えるべきであるし、債権にしてもその事情は十分に加味して考えるべきだ。  どうやら300年経っても変わってないのは技術だけではないようだ。法までこの有様とはな。 「この子と面会しても?」 「勿論構いません」  そして私たちは個室に案内され、そこで待っているとウレルがやってきた恭しく頭を下げた後対面の席に座った。 「ウレルと申します。この度は私の」 「いや、堅苦しいのはいい。それに素の君がみたいからいつもどおりの口調を見せて欲しい」 「は、はい。え~と僕はウレルと申します。僕との面会を希望して頂きありがとうございます。聞きたいことがあれば、どんなことでも遠慮なくお聞き下さい」 「判った、それならば、『マ・ヘベイノスィア・ハナレナ・ラ・カリプス』。どうだ?」 「はい。商いの勉強は3歳から始めてました。特殊言語は古代人語、古代エルフ語、エルフ語――などは一通り喋れます」  なるほど。ちなみに途中で挟んだのは古代エルフ語だ。それから実際に一通り私の知っている言語で話しかけたが一通り対応出来た。  書面にあったように多様な言語を理解しているようだ。尤もこれはあれば役立つレベルで本題は経理に関してだ。   私は更に紙に数式を記入し虫食い部を穴埋めさせたり、経理に関係する問題をやらせたりしたがスラスラと解いてみせた。  言葉遣いも問題ないな。 「ところでウレルはビスティアに対して偏見や苦手意識はあるか?」 「ありません。あの、ところでそれは何でしょうか?」  この質問をする時に私が机の上に置いた指で摘める程度の小箱に興味を示したようだ。 「これは相手の嘘を暴く魔導具だ。悪いが君が嘘をついていないか確認するために使用させてもらった」  名称は嘘発見器とまぁシンプルだが、話してる内容に嘘があればブルブルと震えるようになっている。 「う、嘘が判る魔導具ですか! す、凄い、あの触ってみてもいいですか?」 「うん? あぁ構わないぞ」  ウレルに手渡すと、興味深そうにいろいろな角度からまじまじと眺め触っていた。 「しかし、この程度そんなに珍しいものではないだろう?」 「そんなことありませんよ! これは凄いです! 少なくとも僕は見たことがありません!」    そ、そうだったのか……しかし、これぐらいないと取引の時こまるのではないか? 商売人なら必須な気もするんだが。 「しかし、知らないものを知ろうとして興味を持つのはいいことだ。さて、最後に一つききたいのだが」 「はい、なんなりと」 「判った。ウレルは母を恨んでいるか?」  率直に聞いた。話を聞く限りウレルは母に売られてここに来たことになるが……。 「え? いえいえそんなことはありません。寧ろ感謝しているぐらいですから」 「……感謝?」 「はい。確かに僕は母にここへ売られましたが、逆に言えば母がここの噂を聞き、更にこの店に必死に僕を買い取ってくれるよう頼み込んでくれたおかげでこの店に引き取られました。そうでなければ債権者の手でどこか適当な奴隷商に売られたかも知れないですので」  なるほど。フレンズも言っていたが、ここの奴隷商は他に比べて奴隷の扱いがきちんとしている。それに話を聞くに奴隷への教育もしっかりしており、ウレルがより算術に磨きが掛かったのもここの奴隷商の方針に寄るところも大きいようだ。 「ですので母のことは恨んでおりません」 「……そうか。うん、そこまで聞ければ十分だ。ウレル、君のことは私が買おう」
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