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第二十話 奴隷解放?
「く、首輪が外れてしまいました」
「ぼ、僕のも……」
私の行為に奴隷だった2人はまるでいたずら好きな妖精に騙されたみたいな顔を見せている。それぐらい信じられないことだったということか。
一方、宿の中年夫婦も指を2人に向けてプルプルと揺らせている。
「あ、ありえん! その首輪は奴隷商人でしか外せない筈だ!」
「だが外れたぞ」
「た、確かにそうだけど、ば、馬鹿な真似をしたね! 奴隷の首輪を勝手に外すなんて重罪だよ!」
「ん? そうなのか?」
これは知らなかったのでメイに聞く。
「10年前から変わってなければそうですね」
なるほどな。まぁ、問題ないけど。
「あの、この2人の言っていることは本当です。実際この首輪を解除して仕事にしてた人が結構いて、捕まるとかなり重い罪になります。
「あぁ、それなら問題ない」
「え~と、頭がおいつかないです。でも、問題ないの?」
「あぁ」
キャロルに答えた後、私は首輪を手に取り、ギャァギャァとうるさい2人に近づいた。
そして、カチャッ、とこの2人に首輪を嵌めた。
「……は?」
「え? ちょ、ちょっっとこれ、一体どういうことだい!」
「うん? 見てのとおりだ。お前らの言う通り、ただ首輪を外したなら問題だろう? だから奴隷の認識を交換させて数をあわせた」
夫婦そろって水から顔を出した魚類みたいに口をパクパクさせていたが。
「ば、馬鹿か! 何をどうしたか知らないが奴隷の情報は記録されてる!」
「そうだよ! 首輪の相手を変えようと、その記録をみればすぐにバレることだよ!」
ま、そう言いたくなる気持ちもわかるけど。
「それも心配ない。これを使ったからな」
私は2人にも見えるようにペンを翳して見せた。夫婦揃って目をパチクリさせる。
「そ、それが一旦なんだってんだい!」
「これは私が作成した魔導具で変術ペンというんだ」
「魔導具? それがなんだっていうんだよ!」
「この魔導具は施された術式を書き換えることが出来るのが特徴だ。だからこそこの隷属の首輪を元の2人から外し、お前たちにつけることが出来た。所有権も変えてね」
「だから! 何をしようと奴隷の記録が!」
「そしてこの魔導具は変更した術式に合わせてそれに付随する因果も定着する」
そこまで説明するが、メイ以外は頭に疑問符が浮かんだような状態だ。ふむ、仕方ない。
「簡単に言えば、このペンで書き換えた内容に沿う形で奴隷の情報も変更されということだ。今奴隷商人が保存している記録上でもお前たち2人の名前に変わっている」
「な、なにいいいいぃっぃいいい!」
「そんなことあるわけない! デタラメ言ってるんじゃないよ!」
そう言われても事実だから仕方ない。このペンで修正した内容は因果すらも書き換えてしまう。
ただ、かなり強力な魔導具にも思えるがこのペンはあくまで書き換えることに特化している。だから術式のベースは守る必要があるしあまりに元とかけ離れた術式には変更出来ないのだけどな。
「さて、これで2人は晴れて奴隷から解放されとわけだけど」
「な、何か実感わかないかも」
「僕もです……」
それはやっぱり仕方ないのかもな。これまではまさかこんな簡単に奴隷から解放されるとは思わなかっただろうし。
「あの、この2人はどうなっちゃうの?」
「それはキャロルの自由だ」
「え? 自由?」
キャロルが小首をかしげる。なので私は更に説明を続けた。
「首輪の術式を変えたことで主人と奴隷の立場が逆転されたと思えばいい。つまり……」
「え? 私が主人になるということ!?」
猫耳を前後させ、尻尾を立てつつ驚く。隣で聞いていたウレルもポカーンとしていた。
「うん、そういうわけで、お前たちは今日から彼女たちの奴隷だ」
「ふ、ふざけるな!」
「こんなこと許されるわけ無いでしょうが!」
「い~や、許されるのです」
私は自信満々に言い放った。いくら骨董品扱いされてもおかしくないほど前に作成した魔導具とはいえ、自分で作った物の効果には自信があるのだ。
「そういうわけだ。キャロル、この2人は主人である君の言うことには逆らえない。さて、どうする?」
「……逆らえないのですか?」
「そう逆らえない。だから何をしても自由だぞ?」
私は敢えて煽るような真似をした。その結果、この猫耳少女がどんな結論を導き出すのか知りたかったのだ。
「……それなら」
「くそ! 何を命じるつもりだ!」
「さ、さては私を辱める気だね!」
後者は見たくないな。
「え~と、働きましょう」
「……はい?」
「は、はたらく?」
「はい。奥様も旦那様もこれまでは真面目に働いてないようだったので勿体無いのです」
「……ほぅ――」
どっちに転ぶかなとは思っていた。可能性としてそこまで酷いことにならないというのが頭にあった。だけど、これは、うん、でも間違いなく正解だ。
「じょ、冗談じゃねぇ!」
「そうだよ! 何のために奴隷を買ったと思ってるんだい! 冗談じゃ、ヒッ!」
「う、うわぁああぁああぁあ!」
「え? え? どうしたんですか?」
「突然悲鳴を……?」
「あぁ、首輪の効果が発動したんだろう」
私が答えると、効果? と2人が首を傾げた。
「そうだ。元々だと命令に従わなかった場合、激痛で戒めていたが、それを悪夢に変えた。短時間で精神的にダメージを与え、逆らう気を無くすのが狙いでもあり、それになんとなく君たちは肉体的痛みに忌避感がありそうだしな」
「確かに、そうかもしれないです」
キャロルはどことなくホッとした顔を見せた。肉体的痛みだとためらいが出る可能性があるし、やはりこの内容も変えておいて正解だった。
その上で、精神的ダメージは肉体的痛みより本人にとっては辛い。肉体的な痛みはいずれ慣れるが精神的な苦痛はそうもいかないからな。現に今目の前で2人のたうち回ってるし。
「さて、キャロルはこれで安心だな。奴隷の扱いも問題なさそうだし」
「安心? 問題?」
「そうだ。実はこの隷属の首輪はウレルの制約をベースに変化させている。だから、奴隷とは言え不当な扱いは禁じられてるんだ」
「え~と、つまり?」
「つまり、恨みに任せて拷問などをしていたなら、キャロルが罰せられたかもしれないということです」
メイが説明を引き継ぐ。するとキャロルは驚いたが。
「試されていたの?」
「悪かった。だが大事なことでもあった。奴隷として負の感情が勝りすぎているとろくな事にならないからな。だけどこれで安心だ。この宿も上手く切り盛りしていけることだろう」
「……へ! 私がこの宿を!?」
「ちょ、ちょっと待て、何勝手に決めてるんだ!」
「そうよ! 何の権限があって!」
悪夢から目覚めた2人が文句を言ってきた。
「おいおい、お前たちは自分でやったことを忘れたのか? 奴隷とは言え本来あまりに不当な扱いは禁止されている。にもかかわらずろくに休みも与えず衣食住も不十分だった。これだけみても相当な賠償金が必要になる案件だ」
「そんな、奴隷如きに賠償金なんて」
「だが事実だ。私も街に来て少しは学習したからそれぐらい判る。その上、私の金貨も殆ど残っていない」
「は? そんなの知らないよ! 私は一切つかってないからね!」
「…………」
「え? ちょあんた!」
「どうやらお前の旦那は随分と博打が好きなようだ。今日も暫く居なかった時間があっただろ? それはそういうことさ」
「な、あんたまた! 弱いんだから止めなって言ってあったでしょうが!」
「いや、つい……」
「どちらにせよ、私の金貨にまで手を付けたのだ。その分も含めて、お前たちとこの2人の逆転、つまり奴隷と主人の入れ替え。そしてこの宿の経営権で許してやろうというのだからありがたく思うのだな」
「そ、そんな……」
「なんてこったい……」
夫婦揃って力なくうなだれる。これも自業自得というものだな。
「あの、ところで僕まで奴隷の首輪を外されてしまいましたが」
「あぁ、そうだったな。何せ隷属の首輪は2つ、出来れば一般的に使われているものが必要だったから利用させてもらった」
「そ、そのために僕を? 大金まで叩いてですが?」
「そうだ。ただ、打算が全くなかったわけじゃない。そこでだウレル。折角だからキャロルとこの宿を経営していくつもりはないか?」
「え? 僕が、ですか?」
「そうだ。君は算術も得意で商家の生まれだから経営術にも長けている。語学も堪能で非の打ち所がない。一方キャロルは接客上手で見目もいいから宿泊客の受けもいい。2人で組み、この夫婦も奴隷として上手く扱っていけばきっといい宿になることだろう」
2人が顔を見合わせ、そして大きくうなずく。
「ありがとうございます! 僕がんばります!」
「私も、頑張るよ!」
うん、これで取り敢えず上手く言ったかなっと。
「でも、よく考えたら打算といっても、これエドソンさんにメリットなくないですか?」
「いや、そんなことはないぞ。実はこれからの為にどこか拠点があればなと思っていたところでね。この宿を利用させてもらいたいんだ」
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