第二十五話 ドイル商会

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第二十五話 ドイル商会

「ぐふっ、どうかね? いい加減決めてしまった方がいいと思うぞ? 大丈夫、私はこう見えて奴隷には優しいんだ」  顎のあたりがやけに湿った気持ちの悪い男は、アレクトを舐め回すように見ながら、泥が喉に詰まったような低く篭った声でわけのわからないことをほざく。 「そ、それはお断りしたはずです。貴方の奴隷になんてなりません!」  アレクトが声を張り上げた。嫌悪感がよく現れている。全身総毛立っているな。よっぽど嫌なのか。 「全く強情な女だよ。何を言ったところで冒険者ギルドからの借金は増える一方なのだろう? そこまで負ってしまえば、後は奴隷堕ちしか道はないではないか? そんな惨めな思いをするぐらいなら、私に頼れば借金を肩代わりしてやる。奴隷としても下手な連中に買われるよりは優遇するつもりだぞ?」 「ちょっと待て。お前さっきから何を言っている? 冒険者ギルドの借金で奴隷だと?」 「ん? なんだこのガキは。こっちは大人の話を……ん?」  脂ぎった男の目がメイに向いた。ねっとりとした視線をメイに向けている。心の底から嫌な予感がした。 「ほぉ~これはこれは、ほぉ~ほぉ~いいではないか! いいではないか!」 「貴様、メイを邪な目で見るのはやめんか!」 「うん? なんだこのメイドはお前の何だ?」 「私はご主人様にお仕えするメイドです」 「メイ、こんなわけのわからない男に答える必要はないぞ」    ギロリと脂ぎった男の目が私に向けられる。私の見た目が子どもだからか、生意気な、という感情がありありと見られた。 「ふん、そうかそうか、ならこれをくれてやる」 「……金貨? なんだこれは?」 「これでこのメイドは私の物だ。さぁ判ったらとっととどっかへ行け」  なんだこの馬鹿は? 真ん中だけ綺麗に髪の毛が抜け落ちているが、それと同じで脳みその一部のシワが禿げ上がってるのか? 「お前の言っている意味がわからん。そしてこんなものいらん。メイを何だと思ってるんだ」  私は金貨を指で弾いて脂ぎった男の髪のない部分に敢えて当ててやった。血管が浮かび上がりピクピクと波打つ。 「ふ、ふん。まぁいい。たかがガキのやることに腹を立ててもな。ならいくらだ? 言ってみろ、金貨3枚か? 5枚か?」 「ふざけたことを抜かすな。メイは私にとってかけがえないものだ。いくら金を積んだってお断りだ」  そもそも金貨3枚? 5枚? ふざけたことを。少なくとも私はメイに関してはかなり自信がある。勿論自立思考型のゴーレムなど都会にいけばありふれている可能性の方が高いと思うが、それでもメイに関してはそんじゃそこらのゴーレムに負けることはないと考えている。  それをそんなはした金で手に入ると思われているのが腹ただしい。 「話にならんな。おいお前、こいつからいくら貰ってる? そうだな。3倍払おう。それで私の元へ来い」 「ご主人様大変です。こんなところに豚の魔物が。しかも人の言葉を話してますよ」 「は?」 「メイ、それは豚の魔物に失礼というものだろう」 「な! き、貴様らふざけるな! 誰が豚の魔物だ!」 「何? 違うのか? ふむ、だからといってワーマルということはないだろうしな」 「はい。ワーマル族ならばもっと品があります。この豚は匂いもキツく、全体的に脂っぽくて不潔です。それなのに何故か格好だけはつけていて不思議なのですが、趣味に関しては最悪ですね」  脂ぎった豚男の顔がみるみるにうちに真っ赤に染まっていく。ふむ、豚の癖に人の言葉が判るとは面妖な。 「貴様ら! この私をドイル商会のムーラン・ドイルと知って言っているのか!」 「知らん。なんだその商会は。豚肉でも売ってるのか?」 「豚から離れろ! クッ、この街一番の大商会と名高いドイル商会も知らんとはどこの田舎者だ!」 「知らんな。しかし、お前の商会の豚肉はあまり食いたくはないな。腹を壊しそうだ」 「貴様! おい、この連中は魔導ギルドのなんなんだ!」  全く、さっきまでかなり気持ち悪い態度ではあったが、多少は余裕があった。しかし今はアレクト相手にも怒りを抑えきれていない。肝っ玉の小さな男だ。いや豚だったか。しかし豚に悪い気もするな。 「え、え~と……」 「私はアレクトのやってる魔導ギルドの魔導具師だ」 「何? お前のようなガキが魔導具師だと? これは驚きだ! 借金で首が回らなくなってついにこんな小生意気なガキにまで頼るようになったとは!」 「全く、お前のような連中は言うことなすことワンパターンだな。そのセリフと似たようなことをさっきやってきたギルド職員も言っていたぞ」 「なんだと?」  ドイルが眉をひそめて私を見てくる。そういえば髪の毛の寂しさも近いかもな。 「ギルドというと、冒険者ギルドか。そういえばまだギルドから依頼を請け負ってるんだったな。それで、また性懲りもなく請けたのか?」 「あぁそうだ。だから貴様のような奴にかまけてる暇はないのだ」 「……ふん、そうかよ。よく判った。だが覚えておけ! この私をコケにしたこと、必ず後悔させてやるからな!」  コケに? 何を言っているんだこいつは。私たちは当たり前のことを言ったに過ぎないというのに。 「それとアレクト、それにメイと言ったな? ぐふふ、お前らがどう思おうが、私は欲しいと思ったものは必ず手に入れてみせる! 物だろうが女だろうがな!」  最後にそういい残して豚は去っていった。しかし、メイもとことん妙な連中に狙われるものだな。 「おい、一体あの豚はなんなんだ?」 「え? いえ、あれ一応人なんですが……」  いや、そんな真面目な顔で言われてもな。 「そんなことは判ってる。とにかくあの豚みたいな男が何故お前を奴隷だなんて言っているのだ?」 「それが、よくわからないのですが、一度魔導ギルドに来て、ギルドを建て直してやるから奴隷になれなんてことを言い出して、それからあぁやって何かにつけてやってきて奴隷になれとしつこいのです」  つまり最初は魔導ギルドの件から入ってきたってことか。 「それが今度は借金を肩代わりしてやると来たわけか……匂うな」 「え? そ、そんなに匂いますかぁ?」  くんくんっと腕を鼻に近づけるアレクト。なんとも天然な女だ……。 「それで、あと一つ気になることを言っていたな。何故冒険者ギルドが奴隷なんて話になるんだ?」 「それは、冒険者へのペナルティーとして奴隷堕ちというのがあるからだと思います。条件は犯罪行為に走ったり後は多額の借金を背負った場合も該当して、私も冒険者ではないけど依頼を請け負っているから……」  借金奴隷というやつか。それにしてもあんな馬鹿げた契約で借金を負わされた上に奴隷堕ちまであり得るとは……力を持ちすぎたばかりに随分と横暴になったものだな。 「話は判った。とにかく今は依頼だ。さっさとアロイ草を採取しに行くぞ!」 「うぅ、何故かお子ちゃまに主導権握られてますぅ」 「だから子ども扱いするなぁああぁあぁあ!」 ◇◆◇ sideムーラン・ドイル  全く忌々しいガキがいたものだ。この私を誰だと思っている!  しかし、あいつは魔導ギルドに所属していると言ったな。しかも小生意気にも魔導具師だと?  ふん、しかしこの私が知らないぐらいなのだから大した奴ではないのだろう。そもそもあんなガキにまともな魔導具が作れるとも思えないがな。  それにしても私の周りに存在する魔導具関係者はフレンズ商会といい苛立つ奴らばかりだ。  とにかく、折角あの女に会ったのだ。私はその脚で冒険者ギルドを目指した。  ギルドに入ると受付嬢が猫なで声で応じてくる。当然だな。この街で一番この冒険者ギルドに貢献しているのは私で間違いないのだから。 「これはこれはようこそおいでくださいました」  一人のギルド職員が私に応対した。むさい男だが、今回の話を進めるのは受付嬢じゃ都合が悪いから仕方ない。 「実は今さっきアレクトを見かけてな。それでその後どうなっているか気になって来てやったのだ」 「そうでしたか。いやいや契約書の件では貴方様のお知恵が役に立ち、おかげであの女の持つ権利(・・)も全て奪えました」 「ふん、当然だ。私の知恵があればその程度。あの契約書は古代に使われていた技術を再現させた私だけの技法だ。見破れるものもおるまいさ」 「え? あ、はぁ」 「うん? なんだ随分と気のない返事だな?」 「いえいえ! そうですとも! ドイル商会が再現した技術が見破られるわけがない!」  わけのわからん男だ。全く大体そんなことは当然だろうに。 「それで、アレクトはどうですかな? 流石にもう借金を返すあてもないことですし、奴隷になることを望んだのでは?」 「それがあの女、まだ首を縦に振らん。全く強情な女だ」 「なるほど。それは困ったものです。しかし、何故あのような冴えない女を? ドイル卿ほどの御方ならもっといい女どうとでもなるでしょう? 現に……コホン」  職員がちらりと何人かの受付嬢に目を向けて咳払いした。ふん、確かにこのギルドの受付嬢も何人か紹介され食わせて貰ったが所詮冒険者ギルドの受付嬢なんてもんは普段から遊んでるようなビッチな雌豚ばかりだ。  ギルドの受付嬢ならば身が固いなんて思ってる冒険者も多いそうだが、そんなのは幻想だ。あいつら金さえあればいくらでも腰をふるような奴らばかりだからな。  だが、私はそんな中古品に興味はない。だからこそアレクトだ。あの女は生娘だ私には判る。  そして確かにあの女、普段は身なりに気を使わず冴えないようにみえるが、あれでどうして素材はかなり良い。それに胸もデカい。  ぐふふ、あぁいうのが一番たまらないのだ。それがわからないとはこの職員もまだまだだな。  そしてだからこそ私はあの女が欲しい。奴隷としてな。そして私好みに躾けたいのだ。  ふふ、この男にも見せてやりたいものだ、冴えない女のしつけかたとやらをたっぷりとな! 「素材の善し悪しが判らないようではお前もまだまだだな」 「いやはや、これは一本取られましたな」  頭を擦りながら軽く笑う。全く調子のいい男だ。 「ところでさっきアレクトについて小生意気なガキと上等なメイドがいたが知ってるか?」 「あぁ、ドイル卿も目にされました。なんでもあの魔導ギルドにわざわざ所属した奇妙なガキでしてね。全く、あんなガキに頼らないとは情けないとさっき言ってきたばかりですよ」 「私のどこが貴様と似ているというのだ!」 「な、なんですか突然!」  全く、こんな男と一緒にされるとはますます許せん! 髪の毛にしても私の方が多いのだ! 「とにかくだ、あのガキはどうでもいいが、あのメイとかいうメイドは是非とも手に入れたい。なんとかならんか?」  これも私の勘が働いた。あの女も胸が大きく一見エロそうだが生娘だとな。匂いが違う。私には判る。 「ほうほう、なるほどなるほど。でしたら丁度いい。先程あの連中またアロイ草の採取を請けていきました。実はその時敢えて群生地を教えたのですがそこに仕掛けがありましてね」 「仕掛けだと?」 「はい、あの辺りのアロイ草が採取されないのはプラントドッグが増殖しているからなのです。だから本来ならもうすぐ討伐隊を派遣する予定でもあったのですがね」 「……おい、それでもし女がやられでもしたら目も当てられないぞ?」 「安心してください。手は打ってます。重要なのはプラントドッグは人間が近くにいる状況でアロイ草を食い荒らす性質があるということです。人間に取られると思っての行動ですが、これを他の冒険者が見かければ、連中のせいで貴重な群生地が失われたと言う話に持っていけます」 「なるほど、それで罰則金を支払わせるのだな」 「はい。罰則金は違約金より多くなりますから大量の借金を負わせられることになります。そうすれば連帯責任であいつらも借金漬け。そうすれば」 「くくっ、メイドも思いのままということか。お前も中々悪だのう」 「いえいえ、それほどでも」  こいつも少しはやるということか。しかし、これで私はあの女どもも手に入れることができそうだ。ついでにあの小生意気なガキは奴隷堕ちさせてどこぞの変態貴族に買わせるよう手を打つとするか、ぐふふ……。
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