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「……前島の、知り合い?」
上がる直前の20時少し前、カップなどの補充作業をしていると、二階堂くんが突然口を開いた。
「え?」
「さっきの、サラリーマン的な人」
二階堂くんはこちらを見ずに、黙々と補充作業をしながら言う。
「知り合い……っていうか、えっと」
「彼氏?」
「……うん」
わたしはスティックシュガーを補充しながら、小さく頷く。もう3ヶ月以上付き合ってるのに、「彼氏」って改めて口に出すのは何だかくすぐったい。
──そういえば、侑一さんのスーツ姿、久しぶりに見たなぁ。今日は紺のスーツにワインレッドの細いストライプのネクタイ。シンプルだけどセンスが良くて、見る度にドキドキしちゃうんだよね。やっぱり、かっこよかったなぁ……。
「前島、手止まってる」
「あっ」
二階堂くんの鋭い指摘ではっとして、慌てて手を動かす。次はマドラーと、ストローと……。
「……どこで、出会うの。サラリーマンなんて」
二階堂くんが入って1週間ちょっと、こんなに口数が多い日は初めてかもしれない。いつもは二人で作業をしていても、特に話もせずしんとしていることが多いから。
「えっと……紹介、かな」
「ああ、合コンか」
合コン、とは言いにくかったからぼかしたのに、さらりとそう言われてしまう。一瞬言葉に詰まったけれど、別に変な出会いでもないし──と「うん」と小さく返事をした。
「女子大生と付き合うサラリーマンって、どうなの」
その言葉に思わず顔を上げると、二階堂くんが怪訝そうな顔でわたしを見ていた。
「え……」
「おっさんでしょ、俺らからしたら」
二階堂くんは吐き捨てるように言って、「20時になったんで、お先」とカウンターを出て行ってしまった。
──えっ、今……なんて?
自分の耳を疑いながらも、確かに聞こえた「おっさん」という言葉が頭の中に鈍く響き渡る。
どうしてそんなことを言われないといけないの、という怒りの気持ちが湧いてきたのは、チーフが「前島さん、もう上がって大丈夫だよ」と声を掛けてくれて我に返ったときだった。
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