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 待ち望んだ香晴からの連絡が来たのは、ちょうど昼休憩の時間になった瞬間だった。知らないアドレスだったが、タイトルに早乙女香晴ですとあったので急いで開くと。 「ノア君からの伝言、しっかり受け取りました。私も早く允さんに会いたいです。後ろ暗いことをしているみたいであれなんですが、今度の週末に学区外で待ち合わせしてデートしませんか?もちろん、ノア君のことが心配であれば連れてきてもらっても構いません」  デートという単語に浮かれ、少しの間考えた後、すぐに返信を打った。 「嬉しいです。デートの件、もちろんお受けします。ですが、ノアを連れて行くかどうかはまだ分からないので、後で聞いてみます。どこで待ち合わせしますか?」  数分と待たずに返事が送られて来た。 「允さんは恋愛映画は好きですか?今上映中の映画で気になっているものがあるので、それを隣町の映画館で見るというのはどうでしょう。もちろん、他に行きたい場所や見たいものがあれば允さんに合わせます」 「いえ、僕も映画が見たいです。香晴さんの好きな映画というのが気になるので。学区外の映画館と言ったらあそこですか?」  映画館の名前を添えて返信を打つと、即座に香晴から返事が帰って来て、待ち合わせ場所と日時が決まった。そして、緩みっぱなしの顔でその後もメールで雑談を続けていると、通りかかった同僚に揶揄われた。  心が浮き立った状態でいつにない速さで仕事を終え、軽い足取りで帰宅する途中、ノアにお礼の意味を込めてお菓子を買って帰ることにした。  ノアは允に似て甘党なので、甘いお菓子ならば基本何でも喜ぶのだが、特に好きなのは焼き菓子の類だ。そこで、近くのケーキ屋のうち人気店に入ってみることにした。 「いらっしゃいませ」  にこやかな女性店員に出迎えられ、並べられた焼き菓子を物色している時のこと。  ふいに爽やかなシトラスの香りが漂ったかと思うと、気が付けば隣に若い男が立っていた。  ちらりと視線を向けると、目を見張るほど整った顔立ちの男だった。西洋の血が流れているような色素の薄い髪色や肌の色、そして作り物めいた完璧な美貌に、好みとは別にしても思わず見つめてしまう。 「何か?」  視線に気付いたのか、その男は允を見返して尋ねてくる。 「い、いえ。すみません」  慌てて謝りながら視線を逸らし、何故だか男の近くにこれ以上いたらいけないような気になって、急いで適当な焼き菓子を選んで掴み取ろうとしたのだが。 「あ」  横から伸びてきた手が、允が掴んだお菓子と同じ物を掴んでいた。それは確かめるまでもなく、あの男の手だ。 「ご、ごめんなさい」  再び顔も見ずに謝りながら、とにかく男から距離を取ろうと離れかけた。 「待って」 「え?」  制止する声に驚いて振り返ると、男はとてつもなく綺麗な笑顔で言った。 「俺、君を一目で気に入った。柊木陵って言うんだけど、君は何て言うの?あと、このお菓子は君が先だったからあげる」 「は、え?」  言われた言葉の意味を頭で理解するのに時間を要した。まるでナンパをされているようだと思った時、周りの客や店員の注目を浴びていることに気が付く。 「ごめんなさい、僕、そういうのは間に合っているので」 「あ、ちょっ……」  そのまま、男が声を掛けてこようとするのを振り切って、急ぎ足で店を後にした。男が追って来ないことを確認すると、ほっと息をつく。ノアへの手土産はまたの機会にするしかないようだ。  あの容姿からして、陵という男はほぼ間違いなくαだろう。無意識に危険を察知して体が逃げようとしたのは無理もないことだった。  夜次や過去の二の舞になるかもしれなかったのだ。下手にαに近付き、あんな目に遭うのは二度とごめんだった。  それに、今は最愛の相手がいる身だ。香晴との関係を壊しかねない存在は何としてでも避けなければ、と一人強く決意するのだった。 「ただいま」  帰宅すると、ノアが部屋から顔を出した。そして、何やら得意そうな顔をしている。 「おかえり。早乙女先生にちゃんと渡しておいたよ」 「うん、ありがとう。おかげで週末出かけることになったけど、着いてくる?」 「どこに行くの?」 「映画館なんだけど。あ、でもノアは恋愛映画とか興味ないよな」 「うん。それに、そういうのは子どもの俺がいたら邪魔になるだろ。楽しんできなって」  息子の気遣いに、思わず涙腺が緩みかけた。 「ちょっと、お父さんがち泣きしてるし」 「泣いてないから」  笑っているノアの頭をぐしゃぐしゃに撫でまわし、抱き締めようとするも、するりと逃げられてしまう。  そうだ、もうノアも五年生に上がるのだから、こういうのは恥ずかしくなる年頃だ。そう思うと、ますます涙が浮かびかけた。 「お父さん、泣くのはもういいから。ちょっと聞いて。新しい担任の先生なんだけどさ」 「あ、そっか。先生変わったんだった。どうだった?」  鼻をかみながら訊くと、ノアは目を輝かせた。 「もうすげえの。めちゃくちゃかっこよくて、なんかテレビに出る人みたいでさ。ちょっと外国人ぽいっていうか。女子なんかきゃあきゃあ騒ぐし」 「へえ……」  聞きながら、なんだか嫌な予感がした。外国人みたいな美貌の男ならば、つい今しがた会ったばかりだ。しかし、そんな偶然がそう簡単にあるわけがないだろうと思いつつ、何気ない風を装って息子に尋ねた。 「その先生の名前は何ていうの?」 「柊木陵先生。今年から新しく入った先生だって」  名前を聞いた途端、呻き声を上げたくなった。  
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