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待ちに待った週末が訪れた。家に残してきた息子が少し心配だったが、しっかりした五年生なので遅くならなければ問題ないだろう。  目的の映画館は一つ電車で駅を乗り継いだ先にある。待ち合わせはその乗り継いだ先の駅にしておいた。  保護者や学校関係者に見つかったところで、二人とも既婚者ではないのでそこまで騒がれることはないだろうが、念には念を入れてということだ。  いずれ、ノアが小学校を卒業したら人目を阻むことがなくなることを願いつつ、香晴とは長い付き合いになることを当然のように考えている自分に笑みが浮かんだ。  そうこうしているうちに、電車は流れるように目的の駅に到着した。住み慣れた町よりもこちらの方が建物や娯楽施設が多く、少しばかり活気に満ちている。  到着を知らせるために携帯を取り出した時、誰かがこちらに駆け寄ってきた。そして、突然手を取られて驚いて顔を上げると。 「允さん、会いたかった」  眩い笑顔でそう言うと、香晴はそのまま允を引き寄せようとしてくる。 「ちょ、ちょっと香晴さん」  あまりの熱烈な歓迎ぶりに嬉しい反面、公衆の面前だということを思い出してハグしかける香晴の胸を押す。  すると体を離してくれたが、至近距離で残念そうな顔つきをして見てくる。 「ひ、人前、なので。決して嫌だからとかそういうわけでは」  何も言われていないのに、允は悲しそうな顔を見ていられずに慌てて言い募った。それを見て、香晴はくすりと笑うと、今度は手を差し出してくる。 「え」 「人前じゃなきゃいいんですよね。映画まで時間があるので、允さんを補給させてください」 「ほ、補給って」 「ほらほら、時間がなくなるので、早く」  躊躇っている允の手を些か強引に掴むと、しっかりと握られて引っ張られた。  そして、戸惑ううちにどんどん香晴は歩いて行くので、少し早足になりながらついて行くことになる。 「香晴さん、どこに行くんですか?なんかどんどん人気がない場所に行っている気がするんですけど」 「どこ、という訳でもないんですけどね。よし、ここなら簡単には気付かれないでしょう」  そう言ってようやく香晴が立ち止まったのは、昼間でも薄暗い路地裏だった。足元に古いチラシのようなものが落ちているだけで、本当に何もない場所だ。 「香晴さん、こんなところで一体何があるんですか」 「ある、というよりもするんですよ」 「え、香晴さ……」  何が何だか分からずに困惑していると、香晴はいきなりくるりと振り返って、允の体を抱き寄せた。 「あっ」  温かい腕の中に閉じ込められると、鼓動が高鳴ると同時に泣きたいほど安心した。  允の方も腕を回し、香晴の背中にしがみつく。この時になってようやく補給の意味を理解し、自分も香晴とこうしたかったのだと思った。 「允さん」  僅かに体を離すと、少し高い位置から熱っぽい目で見つめられて、吸い寄せられるように唇を重ねていた。 「んっ、ふ……」  初めは触れては離し、を繰り返していたのだが、次第に触れている時間が長くなり、唇の合わせ目から香晴の舌先が侵入してきた。 「んぅ、んん」  例の拒否反応が出ることを予測して、びくりと体を強張らせた允を宥めるように、優しく口腔を擽られていく。  恐れていた拒否反応は幸いなことに出なかったので、そのまま舌を絡めてキスに没頭していった。  くちゅくちゅと音を立てて舌で愛を伝え合ううち、口の中で二人分の唾液が混じり合い、どちらのものともつかなくなる。そして、ついに溢れかえった唾液が允の顎を伝い降りた。 「あっ、やぁ……」  香晴が唇を離してその零れた唾液をゆっくりと舐め取っていく時、官能の火が灯ってぞくぞくと背筋が震えた。  それに気付いたのか、香晴は微かに笑みを浮かべたかと思うと、首元に顔を埋めて下へ下へと舐めながら降りていった。 「やっ、香晴さん、だめっ」  薄い双臀を揉まれながら、片手でシャツを捲り上げられて、胸元まで外気に晒される。人気がないとは言え、こんな外でと慌てて止めようとするも間に合わず、胸の突起に口付けられて高い声が出た。 「やっ」  相手が香晴だからか、悦びは確かにあるというのに、悲しいことに嫌悪感も覚えて暴れ出しそになる。 「やっ、あぅ」  必死で突き飛ばしそうになる自分を抑え込み、乳首への愛撫に耐える。  目尻に浮かんできた涙は気持ちよさとは別に、無理やり抑え込んだ拒否反応の苦痛のためだ。  だが、ここで我慢できなければ一生このままできない気がしてならなかったので、そのまま唇を噛みしめて身を任せようとする。 「んっ、んん」  香晴の口の中に含まれ、吸いつかれたり転がされたりするうちに、吐き気が込み上げてくるが、同時に下肢が反応を示し始めているのをはっきりと感じた。  苦痛を感じて開放されたいと思う反面、気持ちがいい、やめてほしくないと思う矛盾に苛まれて、自分が分からなくなってきた時、香晴が軽いリップ音を立てて乳首に口付けて愛撫を止めた。 「すみません、我慢が利かなくなって。無理をさせたみたいですね」  申し訳なさそうにしながら、噛みしめ過ぎて血の滲んだ允の唇を優しく撫でられる。  謝らなければならないのは自分の方なのに労わられて、ぎゅっと胸が締め付けられた。 「いえ、僕の方こそごめんなさい。キスだけなら、大丈夫みたいなんですけど」  暗い気持ちに沈みかけると、香晴は微笑んで軽くキスをして言った。 「今はそれが分かっただけでも進歩ですよ。でも、これからも度々無理をさせることがあるかと思いますが、構いませんか?行動療法で解決するかは分かりませんが、回数を重ねると嫌悪感が薄れてくれるかもしれませんし。というか、そうなってほしいという希望的観測で、逆効果になるかもしれませんが」 「構いません。僕も早く香晴さんと一つになりたいので、そのためには何でもしたいです」  ストレートに想いをぶつけると、香晴は顔を赤らめて、ああもうとか何とか言いながら允を抱き締めた。 「そう言えば、ノアのクラス担任のことなんですが」  路地裏を出て映画館に向かう道すがら、ふと思い出して柊木陵のことを話題に出す。 「ああ、柊木先生のことですか?彼がどうかしたんですか」 「実は、担任だと知らないうちに偶然近所のケーキ屋で出くわしたんです。 そしたら……」  思わず何も考えずに、そのままの出来事を話しかけたが、寸前で思い直して口を噤んだ。  香晴にあのことを伝えて、何になると言うのだろう。不愉快にするだけで、せっかくのデートを台無しにしかねない。彼の同僚だと分かった今、不用意に争いの種を撒くべきではないだろう。 「どうしたんです?」  不思議そうに首を傾げる香晴を見上げて、笑みをつくって違うことを言った。 「ノアも言っていたんですが、まるで芸能人みたいですよね」 「允さんは、ああいうのがタイプなんですか」  こちらも地雷だったらしい。香晴が表情を曇らせるのを見て、慌てて否定する。 「違います。むしろ近寄りがたいなと思って」  つい見つめてしまったとは口が裂けても言えなかった。 「本当に、それだけですか?慌てて否定するのが返って怪しいですよ」 「僕が香晴さんと番以上に特別な関係になれる気がしたと言ったのを忘れたんですか。他の誰でもない、あなただから苦しくても抱かれたいと思ったんです」  真っ直ぐに目を見つめて告げると、香晴は照れながらも嬉しそうにして、 「忘れていないですよ。ごめんなさい。ちょっと言わせたい言葉があって意地悪を言いました」 「言わせたい言葉、ですか」 「はい。でも、允さんはその言葉を口にしなくても、真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる。私も伝えなくてはいけませんね。映画を見終わったら言いたいことがあるので、楽しみにしていてください」 「そう言われたら気になって映画に集中できません」  至極真面目な顔でそう言うと、香晴は笑い声を立てた。
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