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「ほら、ちょうど着きましたよ。入りましょう」  映画館の中にも当然のように手を繋がれたまま入り、カウンターでチケットを買ったり飲み物を買う時以外はずっとそのままだった。そのことに始終満たされた心地になる。  思い返せば、番になっていた夜次とは体こそ重ねはしたが、ろくなデートもしていなかった。初めて会った日に食事をしたきりで、それ以降はいつの間にか流れで半同棲の関係になっていたのだ。  二重生活をされていたのだから当然なのだが、それを思えばこうして恋人みたいなことをするのは初めてかもしれない。  映画を見ている最中も半分はそのことを考えて表情筋は緩みっぱなしだったが、エンドロールが流れる頃には純粋に映画に感動して微かに涙ぐんでいた。  映画の内容は、幼い頃に親に虐待されて部屋に閉じ込められていた主人公の女の子が、ある時偶然にも泣き声を聞きつけて彼女の存在を知った青年に救い出され、外の世界に出て青年と共に幸せを掴んだというのが大まかなストーリーだ。  允は虐待されていたわけではないのだが、自分の境遇と重なる部分も多く、共感して泣いてしまった。  允にとって、映画に登場した青年が香晴のようなものだ。映画館を出て歩きながら、それを伝えようとしかけた時、香晴は允に尋ねてきた。  泣いていたことを指摘もせず、赤く潤んでいるであろう允の顔を優しく見つめながら。 「映画、どうでした?」 「とても素敵な話でした。共感する部分が多く、感動しました。彼女が幸せを掴めて本当に良かったです。僕も」  あんなふうに幸せになりたいと言いかけたが、今でも十分に幸せなことに変わりはなく、これ以上望んでいいものかと思って中途半端に言葉を切った。  あの主人公のように、絶望しながらも、希望を信じ続ければ道は開けるのだろうか。香晴との未来にも、もっと幸せが待ち受けていればいい。  急に口を閉じた允を見ながらも、香晴は無理に聞き出そうとはしてこない。 「気に入ってもらえたみたいで良かったです。この後、ちょっと時間をもらえますか。少し歩くんですが、疲れてませんか?」 「平気です。どこに行くのか分かりませんが、遅くならなければ大丈夫です」 「良かった。あ、でもお腹空きませんか?本当ならお洒落な店で食事が良いんでしょうが、間に合わないのでコンビニになりますが」 「はい、僕は全然構いませんよ」  何が間に合わないのかと思いつつそう答えると、そのまま二人でコンビニに向かい、適当に簡単な軽食を買い込んで歩き出した。  軽い雑談を交えながら、次第に日が傾いていく街中を歩いて行き、次第に高台の方に向かって行った。そして。 「わあ」  小高い丘の上に到達すると、夕陽に染まった街並みを一望できて、その美しさに素直に感動する。 「こんないい所、よくご存知でしたね」 「私の実家がこの近くにあるんです。教員になると同時に私だけ今の所に引っ越しました。通えなくはない距離ですし、職業柄、また転勤することもあるかもしれないんですけどね」 「あ、そうですよね」  迂闊だったが、教員というのはそういうものだ。そう考えれば、こうして一緒にいられるのもあと数年かもしれない。落ち込みかけると、香晴は真面目な顔つきになって言った。 「私の転勤は恐らく、何も問題がなければちょうどノア君の卒業と同時です。だから、允さん」  一旦言葉を区切って、香晴は唇を舐めると、真っ直ぐに允を見つめながら。 「その時は、ノア君を連れて俺と一緒に来てほしい。どんなに周りに反対されたっていい。允さん……いや、允以外は考えられないんだ」 「香晴さん……」 「本当は、前々から気になっていたんだ。でも、決定的に好きだと自覚したのは、息子のノア君を自分の身を張ってまで大事に思うその親心かな。その強さに惹かれる反面、弱いところも見えてきたら俺が守ってあげたいと思った。番の問題がまだあるけど、それも今いろいろと方法を探していて、見つかりそうなんだ。だから、俺とノア君と、三人で暮らさないか?」 「香晴さ……僕も」  言葉に詰まってぼろぼろと涙が伝い落ちた。最近涙腺が緩くなってきている気がするが、今は無理もないことだ。嬉しくて、嬉しすぎてなかなか言葉が続けられなかったが、勢いよく香晴に飛びついて大きな声で言った。 「僕も香晴さんが大好きです。ノアにも確認しないといけませんが、ぜひ、一緒に暮らしましょう」  そのまま強く抱き締め合い、笑い声を立てると、キスを交わしながら日が完全に落ちてしまうまでそうしていた。
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