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5
仕事を早めに切り上げた後、夕暮れに沈みゆく校舎に入って来客用のネームプレートを首から下げ、保健室へ向かう。
学校に通ったことのない允にとって、学校は懐かしさを覚えるということはないのだが、代わりに来るたびに不思議な心地がする。
お金を貯め、勉強したら何歳でも大学に行くことが出来ると聞くので、ノアが大きくなったら将来的に学校に行き直すことも検討してもいいかもしれない。
何度か授業参観や運動会などで訪れているので、保健室の場所はだいたい把握している。目的の場所に到着すると、がらりと引き戸を開いた。
「香晴さん……?」
きょろきょろと室内を見回すが、人の気配はない。まだ来ていないのなら連絡でもしてみようと携帯を取り出した時。
「来てくれたんだね」
突然、背後から聞き覚えのある声がしたかと思ったら、次の瞬間には体を後ろから抱きすくめられていた。その弾みで携帯が滑り落ち、床に叩きつけられる。
「ひっ、何を……」
「これ咥えて黙っていてね。暴れるといけないから手も縛っておこうか」
「ちょっと、やめっ……んん」
必死で抗おうとするも、その男、柊木の方が一枚上手だった。口に布を押し込まれたかと思うと、手早くネクタイで手首を縛られてしまう。
「んんっ」
せめて足で蹴りつけようとしたが、それに気付いた柊木に体を抱え上げられてしまう。そして、保健室のベッドに下ろされたかと思うと、両足を広げられてその間に体を滑り込ませてきた。
「んんんっ」
身の危険を感じて首を振るが、抵抗も完全に封じられてしまってはどうにもならない。柊木は不気味な笑みを浮かべたまま允の股間を撫で上げると、ベルトを外してズボンをずり下ろしにかかり。
「騙された唐木さんが悪いんだよ。安心して。俺が番になってあげるから」
そのまま顔を股間の間に埋めていき、萎えたままのペニスに舌を這わせてきた。
「んぐっ、んん」
喉の奥から胃酸が込み上げてきてくるが、口に布を入れられているせいか吐き出すことも叶わず、息苦しくなった。
このまま柊木にいいようにされるうち、死んでしまうのではないだろうか。そう思えてしまうほど、激しい嫌悪感と吐き気と頭痛、それから悪寒が猛然と襲い掛かってきて、意識が朦朧とし始めた時だった。
「允を離してもらおうか」
「なっ、早乙女先生、あんた帰ったんじゃなかったのか」
「そこをどけ」
言い争う声がしたかと思うと、ふっと伸し掛かっていた柊木がいなくなったのか、体が苦痛から解放された。
「允、しっかりして」
「うぇっ」
口の布が取り払われた途端、溜まっていたものが吐き出されてしまった。ネクタイを解かれた後、優しい手が背中を摩ってくれる。
「何だよ、もう別の誰かと番になっているのかよ」
ちっと舌打ちしながら出て行こうとする柊木に向かって、香晴は静かに言った。
「この件、私が校長や教頭に報告してしまえば、柊木先生はくびですよ」
「その時はあんたらの関係も明るみに出してやるよ」
鼻で笑う柊木に対し、香晴は平然と言った。
「構いませんよ。私は教職を失うことは痛くも痒くもありません。一番大事なのは允さんとノア君ですからね」
柊木は盛大に顔を顰めて出て行った。
「允さん、大丈夫ですか。吐きたいなら、全部吐いてしまってください。その方がすっきりするはずです」
「もう平気です。ただ、水をもらえますか。口の中が気持ち悪くて」
「分かりました。ちょっと冷蔵庫からお茶を拝借しましょう」
そう言うと、保健室に設置してある冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出して渡してくれた。それを一気に飲み干して一息つくと、汚れたシーツを見下ろして溜息を溢す。
「交換しないといけませんよね」
「そうですね。でもそれは保健医に任せるとしましょう。彼女は勝手に触ると嫌がるタイプの人間なので」
それならば麦茶を飲んだことも怒られるのではないかと思ったが、敢えて突っ込まないことにした。
「だいたい想像はつきますが、柊木先生に呼び出されたんですよね」
「はい。送信元が香晴さんだったので騙されてしまって。学校に呼び出すという点はおかしいなと思ったんですが」
「ちょっとでもおかしいと思ったら、これからは行ってはいけませんよ」
まるで小さな子どもに、変質者について行かないようにと言い聞かせているようでつい笑ってしまいそうになった。
「笑いごとじゃありませんよ。大変な目に遭ったんですからね」
「ごめんなさい。でも、香晴さんが来てくれたから、もう怖くありません」
「本当に、ああ、間に合ってよかった……」
そう言って、香晴は允の体を優しく抱き締めてきた。その温もりにほっと息をついていると、香晴がふいに言った。
「允さん、体が辛かったら無理強いはしませんが、試したいことがあるんです。いいですか?」
「試したいこと……?」
体を離すと、香晴はポケットから小さな小瓶を取り出した。透き通った海のような色をした液体が中で揺れている。
「これは何ですか?」
「簡単に言うと、以前の番の効果を弱めつつ、別の相手と疑似的な番の関係になれる薬です。実験台になるという条件で、知り合いに頼んで研究してもらっていたのがほぼ完成したみたいで。これがあれば、捨てられて苦しむΩを減らすことが可能になるかもしれないという夢の薬です。試してみませんか」
逡巡したのはほんの僅かな間で、允は頷いて小瓶を受け取り、一息に飲んだ。
その瞬間、かっと体全体が熱を持ち、どくどくと鼓動が速まっていった。
「允さん、大丈夫ですか」
「へ、いきです。でも、なんか体があつ……やぁっ」
心配した香晴にそっと触れられた途端、それだけで感じてしまって喘ぎ声を漏らしてしまう。
「允さん、どうし……っく……こ、れは」
「香晴さん、なんか、体が変っ、」
衣服が擦れるだけでも体の熱を上げてしまうようで、呼吸を乱しながら服を脱ぎたくて堪らなくなる。もっと言うならば、今すぐ体の奥を突いて欲しくて堪らない。
「もしかして、副作用かもしれないですね。疑似的に発情を引き起こしたんでしょう。それにしても、允さんのフェロモン、すご……過ぎて、私も当てられてしまって……」
気が付けば、香晴も顔を赤らめながら熱っぽく允を見つめている。それだけで中心が反応してくるのを感じた。
「香晴さん、お願いします。も、我慢できなっ」
体が火照って仕方がなかった。未だかつてないほどの激しい発情が起こってしまったことを知る。本当に番以外との行為が苦痛でなくなったかどうかなど、もうどうでもいい。
正常な判断が失われているのは発情のせいかもしれないが、最愛の男が目の前にいて、我慢などできるはずがなかった。
「允さん、私も、もう限界です」
そう言って、最愛の男、早乙女香晴はいつになくぎらついた目をして獣のように唸った。
「途中でやめたいと言われても、やめてあげませんからね」
「はい、僕もやめられる気がしませんから。だから、はやく……っ」
香晴の方に手を伸ばすと、痛いほど力強い手に引き寄せられた。
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