VANILLA

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VANILLA

 記録的な猛暑。  何の気なしに眺めていたテレビの画面に映し出されたそんな堅苦しい文字の配列に、体感温度がますます高くなった気がする。  この暑さは何年振りです。とか言われても、特にめでたいとは思えないし(実際めでたくはない)、今体感している暑さは近年まれにみる温度なのだとしたら、本来ならばこんなにしんどい思いをしなくても良かったのではないかと余計に辛くなってしまう。  この暑さの中、容赦なく陽の光を浴びながら仕事をしている人も多くいることだろう。  その人たちには、きっとこの暑さが近年まれであるということは伝わってはいないのだ。  特にすることもなく、ぼんやりとテレビを眺めている僕のような人間だけが、この情報をいち早く入手できるのだ。  言ってしまえば、僕にはこの情報はあまり必要ではない。  だって僕は今、扇風機が我が物顔で回転している涼しい部屋の中にいるのだから。    そんな、毎年ほんの数回しか活躍の場がない我が家の扇風機が、あちらこちらへと首を振っている様を、飽きることなく眺めているのは僕の可愛いカノジョだ。  名前はそんなに重要じゃないからここでは省略する。  記録的な猛暑なんて大々的に銘打たれた日には、可愛いカノジョと冷たいアイスクリームを食べたくなってしまうのは僕だけだろうか。  そんなわけで、僕は勇ましい戦士のように颯爽と冷蔵庫へと向かった。  チョコレート味を好むカノジョには、ちょっとお高めのアイスクリームを用意した。  僕は格安のバニラアイス。  キッチンから金属製のスプーンを2本調達しながら、暑い日にはアイスクリームを食べたくなると言ったのには、少々語弊があることに気が付いた。  いうなれば、僕は甘いものは好まない。  暑い日にアイスクリームを食べている、可愛いカノジョを眺めたいだけなのだ。  暑苦しい部屋の中で、カノジョだけが僕のオアシスだ。  「ねぇ、こっちも食べる? 」  そう言ってスプーンを差し出した可愛いカノジョに、僕は即座に首を横に振る。 さっきも言った通り、僕は甘いものを好まない。  冷たくておいしいね。なんて言いながら、可愛いカノジョがスプーンにのったアイスクリームを舌で器用に舐めとるところを眺めたいだけだ。  口の中に隠されたスプーンが、カノジョの舌にアイスクリームをのせる。  ひんやりとしたアイスクリームは、カノジョの熱でゆるゆると溶かされていく。  喉を伝い、カノジョの体内へと流れおちていくアイスクリームは妙に厭(いや)らしい。  そんなことを想像している僕は、きっと記録的な猛暑に頭をやられてしまったのだろう。  そもそも、カノジョが食べているのはチョコレート味だ。  バニラアイスじゃない。  「チョコ味もおいしいのに」  そう言って不貞腐れたようにピンク色の頬を膨らませたカノジョに、僕はバニラアイスがのったスプーンを差し出した。  「バニラのほうがおいしいって」  カノジョはしぶしぶスプーンを口に含む。  その姿を至近距離で眺めながら、僕は悪戯心を擽(くすぐ)られてしまった。  あ、ごめん。なんて言いながら、絶妙なタイミングでスプーンを抜き取る。  カノジョの口の端から零れ落ちた白い雫を舐めとって、やっぱりバニラのほうがおいしいと再確認した僕は、やっぱりこの暑さで頭をやられてしまったのだろう。    終
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