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出会い
中学3年の夏休み、早朝4時頃。私は昇りくる朝陽を拝みたくて自転車を走らせる。リュックにはスケッチブックを入れて。ほぼ毎日、少しくらいの雨が降っても私は早朝、スケッチに出かける。私がスケッチするのは雑草。草の名前を知りたいとは思わないが、その姿の一番美しい時に彼らの命を写したい。
その日は町の東のはずれにある小さな沼に出かけた。沼の周辺はガマやススキなど背の高い草が生い茂り、身長148㎝の私には、掻き分ける草の先が、まったく見えない。
「キャッ!」
草が足に絡まり転倒。足元は湿地で全身が泥まみれ。ショックで簡単に起き上がれなかった。誰かの声がした。
「どこかな?大丈夫ですか?」
「あ・・・転んじゃった・・・」
ガサガサと草を掻き分ける音がして誰かが近づいてくる。沼の方から現れたのは同じ年くらいの男の子。真っ黒に日焼けした手を伸ばし、私が手をつなぐのを待っている。少し躊躇したが、私は手を出し彼の力を借り起き上がった。服もズボンも顔さえも泥だらけになっていた。
「顔だけでも洗った方がいいよね。こっちにきれいな水があるから。」
そう言って彼は先に立ち草を掻き分け沼に向かう。
水が湧いている付近は夏でも水温が低く、早朝の霧の中で、その水は肌を突き刺すほど冷たかった。
「こんな時間に、どうしてこんなところに来たの?」
彼は私に質問した。答える前に、続けて言った。
「女の子が一人で、こんな場所に来るのはキケンだよ。僕がいきなり襲うかもしれないし、どんな変な奴がいるかもしれない。」
「そうかしら?私、もう何年も前から毎日のように、朝早くこの沼に来てるけど、人に会ったのは今日が初めて。」
「毎日来てるの?」
「うん。ここ、好きなんだ。あなたは?この近くの方?」
「昨日、この近くの古い家に引っ越してきた。」
「そうなんだ。中学生?」
「中学3年。君は?」
「私も中学3年。名前、聞いてもいい?私はアサヒ。」
「アサヒ?それ苗字?名前?」
「名前よ、大塚アサヒ。」
「ふう~ん。僕は谷令草(タニ レイソウ)。よろしく。」
その日、午前中のうちに勉強を終わらせ、昼食後、沼の近くの住宅街まで自転車で出かけた。谷令草という不思議な名前の男の子が気になった。公営住宅が並ぶ小道を抜け、堤防の近くの林に囲まれた細い道を進むと何軒か古い家が並んでいる。バブル時代に別荘地として売り出されたらしいが、今は空き家が多い。
「うるさい。出ていけ。もう帰ってこなくていい・・・・」
と叫ぶ男性の声と共に、バタンと何か大きな音が響いた。奥の方の住宅から誰かが走ってきた。谷令草だった。自転車に乗って片足だけ地面につけて止まっていた私は、すぐに動けず身をよじって彼を見た。
「あ・・・・」
谷令草は私を発見して近寄ってきた。
「どうしたの?もしかして、僕の家、探しに来た?」
「うん。」
「僕が気になった?」
「まあ。」
「暑いから河辺に行こうか。」
私は堤防の下に自転車を止め、彼と二人で堤防を越えて河原へ降りた。夏の日差しをさえぎる木陰に、ちょうどいい大きな石を見つけ二人で腰かけた。
「さっきのオヤジの声、聞いた?」
「うん。」
「僕、兄妹多いんだ。弟が二人、妹が三人。みんな母親はバラバラだけどね。今は、一番下の妹を産んだ女性が僕らの母親。母親って言っても、まだ22歳だけどね。きっと、もうすぐ出ていくと思う。あんな男と一緒に暮らしてもツライだけさ。オヤジは昼間から大酒飲んで酔っ払って、子どもの目の前で嫌がる母さん犯してる。僕が注意したものだから、カッとなって怒鳴り散らしたのさ。」
「そう。いろいろ大変そうね。」
「もう慣れっこさ。」
「あなたを産んだお母さんのことは、憶えてるの?」
「憶えてる。僕が小学校2年までは普通の家庭だったから。オヤジがそれまで勤めていたN社をリストラされて、それからさ。おかしくなったのは。オヤジは初め仕事探して何度か再就職したけど、うまくいかなくて、結局、朝から酒飲んで母さんや僕に暴力ふるって、かあさんは逃げ出した。どこでどうしているか僕にはわからない。」
「そっか。ツライこと思い出させて、ごめんね。」
「別に。そんなこと思い出したくらいで、ツライなんて感じないさ。毎日、もっとツライ地獄の繰り返しだから。」
「もっとツライ地獄って?」
「オヤジの暴力さ。」
「どこかに相談した方がいいんじゃない?」
「児童相談所とかね。もう何回も相談した。今、弟二人と妹二人は施設で生活してる。昨日、一泊二日の約束で新しい家に遊びに連れて来た。だけど弟たちは落ち着きがないし騒いでうるさいものだから、オヤジはイライラして殴る蹴るの大騒ぎ。子どもよりヒドイ。最悪。その上、朝から晩まで、とにかく母さんは犯されてる。」
「犯すって・・・そんなに一日中?」
「そ!とにかくクッツイテる。僕に母さんを奪われたら困ると思ってるのさ。俺が穴をふさいでおけば、お前にとられる心配ない、って。」
「あなた、お母さんを狙ったりしてるの?」
「してない。そんな訳ないだろ。キモイ。君みたいにカワイイ女の子なら狙うかもしれないけど、あんな女、頼まれてもゴメンだ。」
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