誰もいない教室

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誰もいない教室

「僕・・・新聞配達のバイトしなきゃいけないんだ。早く、始めたいんだけど、どこか新聞屋さん、知ってる?」 「友だちの家、新聞屋さんだけど・・・行ってみる?」 私は自転車で、彼は同じくらいの速さで走って、友だちのユメちゃんの家でもある新聞屋へ着く。令草がアルバイトしたい話をすると、ちょうど人を探していたので明日からでもおいで、と言われる。 「偉いなあ。同じ中学生でも、ユメなんか、その時間はユメの中さ。アサヒちゃんの友だちかい?一応、親と学校に許可してもらわないといけないから、この用紙に記入してハンコもらって来て。明日の朝、3時半に来れるか?」 ユメちゃんのお父さんは、そう言って令草に用紙を渡す。 「ありがとうございます。学校か。まだ手続きに行ってなかった。」 彼は困惑した様子で私の顔を見た。 「今から学校行こう。誰か先生いるでしょう。」  私たちは中学校に急ぎ、職員室で仕事をしていた教頭先生に相談した。 「転校生か。お家の方は役場に転入手続きしただろうか?」 「多分、何もしてないと思います。オヤジ、ほとんどアル中で・・・だから僕が仕事しないと・・・・食ってけないんです。」 「それは困ったな。お父さんが仕事できないなら、生活保護の申請が先かもしれないな。」 教頭先生は少し考えてから、どこかに電話した。電話は予想外に長くなり、途中で私たちに言った。 「込み入った話になるので、君たちは教室で待っていなさい。大塚は確か3年A組だったな?そこで待っているように。」  誰もいない夕方の校舎を令草と歩く。私は少し不安になる。私が令草に関わっていることを親は知らない。ユメちゃんのお父さんや教頭先生が、令草のことで私の家に何か言ってきたりしないだろうか?私はなぜ彼に関わっているのだろうか? 「ごめんね。もう夕方だから、アサヒは家に帰っていいよ。僕一人で待ってるから。怖いだろう?僕と二人で教室にいるなんて。」 そう言われると逆に開き直るのが私の悪いクセ。妙なところで強がって見せたくなる。 「平気よ。令草を信じてるし。せっかくだから、いろいろ話聞かせて。」    誰もいない教室に入ると、令草は急に私を抱きしめた。驚く私をただキツク抱きしめたまま、こう言った。 「ほら。危ないんだよ。こんなことされちゃうんだ。もっとヒドイことするかもしれないよ。アサヒは不用心過ぎる。ダメだよ、そんなんじゃ。帰った方がいい。もっと自分を大切にしなきゃ。それから・・・これからは一人で沼へ行ったり、河原に来たりしちゃダメだ。僕の家の近くにも絶対、絶対に来るんじゃない。心配なんだ。僕はアサヒが心配だから言ってるんだ。」 「わかった。明日から令草の言う通りにする。でも今日は帰らない。私、このまま令草と、もう二度と会えないような気がして不安なの。」 「いいじゃないか。僕なんかと会えなくたって・・・・」 彼が私を抱きしめる腕の力はスーッと力が抜け優しくなったけれど、私はその腕の中から出たくなかった。 「アサヒは珍しい鳥を発見したような気分で僕を見ている。好奇心で僕を観察している。好奇心旺盛なのは悪いことじゃないけど、世の中には触れただけで命を落とすような猛毒をもった昆虫や植物だってある。僕はアサヒをマヒさせる毒を持っている。やめた方がいい。僕は毒だよ。」 「どうして?どうしてそんなこと言うの?勉強して、しっかり生きたいんでしょう?そのために新聞配達して、ちゃんと生活したいんでしょう?」 「見せかけの真面目さと本心は違う。」 彼は、いきなり私の唇を奪った。私の頭を腕で抑え込み、私の口の中に舌を入れようとした。それまで私は誰ともキスしたことはなかった。初めてのキス。こんな形で。心のどこかに少しだけ抵抗する自分がいたが、現実に重ねられた唇と唇の感触は、一瞬で私に女を目覚めさせた。私は彼の舌を受け入れた。彼の舌は私の舌と絡み合い、私はなぜか、いつまでもこうしていたいと思った。
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