2人が本棚に入れています
本棚に追加
その23.魔導士の国
ニュースでは最近合衆国の女神像の話題で持ち切りだ。インターネットの
ニュースも同様でこれでもか、と言うぐらい同じものを放送している。
だが、今の私にとって合衆国のシンボルに神が宿った事より、小箱の魔法を
解く事で頭がいっぱいだ。ネットの検索ページをフル活用し、現存する
魔導士や魔法などを片っ端から調べているが、これといった手がかりになるものは無い。
「神でさえ分からないものが、私に分かるわけがない・・・。」
苛立ちからそう呟いて頭を抱えた。
そう言えば、とあることをふと思い出した。このユーラントに伝わる伝承を元に何本か物語を書いたが、その時の資料の一部がパソコンのドライブの中に
残っていた事を思い出した。「あの時は・・・。」
確かにその当時調べていた魔法の伝承がそこにはあった。忘れていた訳では
ないが細かい所など記憶から欠けている部分もあるだろう。著作を引っ張り
出し、、そことあわせて記憶を辿ってみた。「ヴルドーニュ、か。」
かつてキエリスレンコ連邦共和国の中の一国だった国だが、今は小国で独立
国家体制をとっている。私が調べた資料の中で魔法というキーワードが多く、
物語の題材になりそうな伝承なども数多く残っている事からこの国の守護神
ヴルドーを登場させた。その時の資料がいくつか残っていた。勿論、神話の国
デルシャなどにも魔法の伝承は少なからず残っているが、今は神よりも魔法を
使える者の方が重要だ。
メモ用紙と検索ページを何枚も重ね、手がかりになりそうなキーワードを
一つ一つ探し当ててゆく。
「パパ・・・。夕ご飯、出来たって。」
娘が呼びに来た。もうそんな時間か、と思い時計を見るととっくに夕方の
九時に近い。私は慌ててダイニングへ降りて行った。
夕食を摂りながらニュースを見る。すると、クリフ大統領がヴルドーニュ
にて公式訪問の様子が映し出されていた。
「そうか、大統領はヴルドーニュに行っていたんだな。」
メリアナから帰国したクリフ大統領は次の公務に備え、急いで大統領官邸
敷地内にある居住棟へ帰って来た。
「あなた、お帰りなさい。・・・どうでした?。合衆国は。」
大統領夫人テレージアが出迎えた。。クリフはテレージアに上着を手渡し
ながら、訪問先での出来事を詳しく聞かせた。
「・・・大変ね。この報道も何とかならないものかしら。」
「無理だろう。彼らはそれで飯を食っている連中だ。大スクープならそれ
なりの報酬が手に入る。そのチャンスの為なら何だってやるんだろう。」
遅い夕食を終え、クリフはテレージアにある物を見せた。
「なあに、これ・・・宝石?。」
「・・・神だ。守護神サント・マルスの身体の一部だ。」
テレージアは両手で口を押さえた。「まあ。」
「テレージア、良く聞いてくれ。私はこの国の守護神サント・マルスと
大陸神ユーラント。この二体に選ばれし者となった。」
「どういう事・・・ですか・。」
「守護神というものは国を守護するもの。王が創ったくにを守護する為の
ものだ。それに加え、国を未来へ導く者としての地位を、私は認められた。
それは名誉な事であると同時に自分の全てをこの国に捧げる覚悟を決め
なければならない、と言う事だ。もし、国の一大事で私にもしもの事が
あっても決して悲しんではならない。」
テレージアは暫く考え、やっと口を開いた。
「あなたが大統領選に立候補した時から覚悟は決まっていました。あなたは
きっと国をいい方向へ導いてくれるでしょう。三十年以上あなたの妻を
勤めてきてあなたの事は良く分かっていますよ。」と微笑んだ。
「ありがとう。」クリフは妻に感謝した。
女神ヒヒポテの事は気になるが、公務に穴を空けるわけにはいかない。
急いで専用機に乗り込み、訪問先のヴルドーニュを目指す。
ヴルドーニュでは、今社会的に問題になっている環境問題や温暖化の
対策を盛り込んだ話し合いが焦点になっている。環境保護先進国の
リュッフェンをお手本にし、ヴルドーニュでも何かできないか、という事
らしい。それよりクリフはこの星を例の惑星接近から守る方が先決だと
言いたかったが。
会談では、結局は環境問題と温暖化対策の話で終わってしまった。しかし、
せっかくヴルドーニュまで来ていたのだから何かいい情報を持ち帰らないと
・・・。
クリフは晩餐会の席で思い切ってオラール首相に尋ねてみる事にした。
しかし、首相は他のゲストに囲まれ、なかなかその機会がない。クリフも
だんだん苛立ってくるのを押さえた。「・・・神の気配がする。」
頭の中にそんな声が聞こえた。はっと思い辺りを見回しても誰も居ない。
落ち着いてもう一度良く考えた。「サント・マルス・・・ですか?。」
「慣れていないのは分かるが、すぐに気づいてくれ。」
「すみません・・。で、神の気配とは?。」
「このフロアにこの国の守護神ヴルドーがいる。あの者が何か知って
いればいいが。」
クリフは辺りを見回したが、それらしき者はいない。
こちらに気づいたのか一人の若者が近づいてきた。いや、若者、というより
少年だ。「ようこそ、我がヴルドーニュ王国へ。」
握手を求めた少年の顔をクルフはまじまじと見つめた。首相の身内の者、
或いは留学生か?。まさか・・・王族、王子?。確かヴルドーニュ王国に
王子は居たが、こんなに若くないはず。クリフの頭の中に思い当たりそうな
立場の人物像が浮かんでは消えていった。
握手を終えた少年は意味ありげに微笑んだ。
「・・・これは驚いた。身体の一部とは言えサント・マルス神もご一緒
とは。」「・・・えっ、な、何故、解っ・・・。」
「その物の言い方、相変わらず腹が立つ。その姿も。」「えっ・・・。」
「流石はサント・マルス。私の正体を見破ってしまうとは。」
クリフは何だか訳がわからない。「あなたは一体・・・。」
「これはこれは自己紹介がまだでしたね。申し訳ない。とは言え、ここで
変身する訳にもいきませんので・・・。」
「この者がヴルドーニュ王国の守護神ヴルドー。こちらに近づいて来た、と
言う事は・・・。」「そうですか。」
クリフはまだ驚きを隠せない。
「それにしても、あのサント・マルスが王家の血筋でない者とご一緒とは。」
「何が言いたい?。」
守護神ヴルドーはサント・マルスを挑発でもしているかのようだ。
「いいえ、別に。何も。ただ、報道で報じられている事が事実なのかどうか
確かめたいだけですが。」
「・・・こんな者に頼み事をするのは癪に触るが・・・。実は・・・。」
「サント・マルスの宝玉。最後の一つを手に入れたい。という事で
しょう?。良く存じ上げておりますよ。ただその前に、あなた方がどこまで
この星の危機を存じているかお教え頂ければ・・・。」
サント・マルスは少し考えた。
「・・・、新大陸の国、何と言ったか。確か底の指導者が発表したはず。
知らんのか?。」
「発表・・・いえ、聞いてませんが。」
「ネットで世界中に配信したという事ですが。ご存じなかったのですか?。」
クリフは付け加えた。
ヴルドーは眉を潜めた。
「・・・知っていて黙っていた?。のか。解せぬな。」
一体何の話だろう。今度はクリフが眉を潜めた。そして一呼吸おいて説明
した。
「遥か大海洋の向こうの国、メリアナ合衆国の大統領から、航空科学
宇宙局の調査で、衝突は避けられない事実と、これを回避する為の手立ては
今の科学力を持ってしても方法がないとの発表の事です。」
「・・・メリアナ合衆国?。新大陸の国の事ですか。」「えっ・・・ええ。」
「・・・世界中に、と、仰いましたが。それでは他国の人々は皆これを存じ
上げている、という事ですか。」
「いえ、皆かどうかは。もしこの事を一般市民が知ったらパニック状態に
なるでしょう。現に経済の不安定な国々では暴動も起きてますし。」
「・・・国内で暴動に発展するのを防ぐ、という事なのかもしれんが、
この平和にどっぷり浸かり、現実に起こりえる星の危機から目を反らそうと
しか思えん。」
ヴルドーはまるで独り言のように言った。
「あの、先程から何の話しなのでしょうか?。」
「この国の指導者の事ですよ。この星の危機を感じた大陸神ユーラントの
呼びかけで我々は目覚め、危機を回避しようと動き始めた。国王にその事を
話し、この星を救う手立てを考えようとしたのですが、この国の指導者は
我らの言葉には一切耳を傾けようとはしない。いや、信じようとはしない。
つまり、この国の指導者はこの星の滅び行く様を見たいのだと・・・。」
「・・・そんな。」
クリフはヤケになったように言い放つヴルドーに躊躇いを感じた。
「そなたの国の事情はどうでもいい。約束どおり説明したのだから宝玉を
手に入れる為協力してくれ。」
「解りましたよ。で、私は何をすれば?。」
「宝玉の在り処は分かっているのだが、強力な魔法で封印されている。その
封印を解く魔導士を探している。」
「・・・魔導士・・・。」「心当たりがあるのですか?。」
「いや、実は先の大戦中、魔導士という魔導士の殆どが戦場に駆り出され、
多くの魔導士が命を落とした。そして徴兵を拒んだ魔導士は反逆罪として
投獄、処刑された。」
「・・・『ヴァスチーヌの大虐殺』か・・・。」クリフは思わず叫んだ。
「そして僅かに生き残った者は他国へ亡命した。と言っても亡命が成功
したかどうかは分りませんが・・・。そういった訳でこの国に魔導士は
殆ど存在しないに等しい。そして今、これだけ科学が発達した現在。
これから魔道を極めようとする者もいない。」
「何という事だ。」クリフは項垂れた。サント・マルスももう何も言わな
かった。
「・・・これはこれは、お待たせしました。」
そう言って近づいてくる者がいる。オラール首相だ。
「おや、こちらはお知り合いか何かで?。」「え・・・ま、まあ。」
オラール首相はヴルドーのこの姿には認識が無いようだ。
「では、私はこれにて失礼。」そう言ってヴルドーは去って行った。
「公式会談の時にはお話が出来なかったのですが・・・。」
それを聞いてクリフはピンときた。あの話か?。だとしたらどこまで話せば
よいのか。しかし、先程のヴルドーの話も気になる。首相がその話をして
くるかどうか。
「私も色々調査しましてね。リュッフェンは昔、旧王国時代から環境問題に
取り組んできたという実績がありますよね。我が国も二十数年前まで物資が
乏しかったので、生産を上げる事ばかり考えてきましたが、果たしてそれで
良いのか、と考えるようになり、世界で叫ばれている『温暖化対策』について
国を挙げて協力できないか、と思いましてね。それで・・・。」
「我が国を手本にしようと?。」「・・・その通りです。」
やはりか・・・。クリフは些かがっかりした。何とか例の話を持ち出す
きっかけを探す為、首相の型に嵌ったような話に仕方なく耳を傾けていた。
側に側近らしい者が近づいてきて首相に耳打ちした。
「首相・・・そろそろお時間が。」「ああ、今行く。」
ここで逃げられる訳にはいかない、そう思ったクリフは急いで何と聞き出すか
考えた。「あ、あの、オラール首相。」「何でしょうか?。」
「個人的な話で申し訳ないですが。」「はあ。」
クリフは一呼吸置いた。
「・・・私の孫娘が・・・魔法使いの話がとても好きで、是非会って
みたいと言われまして・・・誰か、その、すごい魔法を使える方をどなたか
ご紹介できないかと・・・。」
クリフは強引にも、二歳にも満たない孫娘の話を引き合いにする事にした。
「魔法使い、ですか?。」
「え、ええ。是非。ヴルドーニュは歴史上魔法使いの伝説が多く残っている
国。今でも存在する魔法使いがいるのなら・・・。」
「お孫さんには申し訳ないが、魔法使いなどただの都市伝説ですよ。自称
魔導士を名乗る人物は大戦前には大勢いたという記録はありますが、今は
どうですかな。」「・・・皆、処刑されたのでしょうか?。」
「多分、ただ運良く亡命できた者も何人かは。そうだ・・・。大統領は
『アルセーヌ・ポー』」と言う人物をご存知ですか?。」「いいえ。」
「彼も強力な魔力を持つ魔導士だったらしいが、大戦の際、徴兵を拒否した
為に処刑の対象となったが、辛くも何処かへ亡命したと聞いている。
ヴリティエだったかメリアナだったか・・・どちらだったかな。」
「ヴリティエ、でしょうか。あそこには魔道の専門学校があったらしい
ですから。」
「それはないでしょう。『魔導士養成ナントカ』は確かに存在したらしいが
ヴリティエは産業革命が起こって間もなくそこも廃れたと聞いています。
恐らく、魔法に頼らずとも人は便利さを勝ち取っていけると知ったから
でしょう。ちなみにポーが存在していたのはそれ以降でしょうからそこを
頼りにしたとは思えない。」
そう言うと、首相は「では、失礼。」と立ち去ってしまった。
「アルセーヌ・ポー」か。クリフはこの人物について調べてみようと思い、
ヴリティエのランカスター首相と連絡を取ろうとした。
「いや、もっと詳しく調べられる人物がいる。」
そう言って、宝玉を見つめた。
サント・マルスのこえが頭の中に聞こえる。
「その事を王に伝えればよいのだな。分かった。ところでヘル・プレズ
デントよ。例の場所に女神ヒヒポテは存在した、という事だ。」
「本当ですか。で、『金色の太陽』はどうなりましたか?。持って出る
ことは出来たのですか?。」
「いや、話せば長くなるが、『金色の太陽』はそのままで、女神ヒヒポテ
だけを取り出す事に成功した。後は女神を新大陸の・・・。」
「分かりました。メリアナ行きの飛行機を手配します。時差はあるが急げば
直行便に間に合うかも。」
クリフは本国へ電話し、クエンカ国際空港からハーバード・インターナショ
ナル・エアポートへの直行便のチケットを手に入れられるように指示した。
携帯電話の電源を切り、頭の中に話し掛ける。
「例の惑星が接近するまで、後どれくらいなのでしょう?。」
「私にも分からない。大陸神ユーラントなら分かるのかも知れぬ。だが、
その前に、あの国の者達は既に調査済みかもしれないな。」「でしょうね。」
クリフは急いで帰国の準備をした。次の公務もあるが、とにかく情報を交換
しなければならない。そして、女神復活と、宝玉を無事に手に入れられる
ことを祈った。
最初のコメントを投稿しよう!