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その24. 行方
「『アルセーヌ・ポー』ですか。解りました。」
メリアナから帰国した私は急いでネットを繋ぎ、調べた。しかしその名は
「歴史上の人物」の後ろに「架空」となっている。「架空か・・・。」
架空と言うのが引っ掛かるが、今は何か手掛かりになるような事を見つけ
られたら、と願いつつそのページを開く。
「・・・『アルセーヌ・ポー』皇紀暦千九百年代前半に存在したとされる
魔法使い、魔導士。魔術師の名でも通っている。ヴルドーニュ生まれ。
両親が王宮お抱えの魔導士だった事もあり、そのまま王宮で魔道を極めたと
なっている。彼が三十代の頃大戦が激化し、国中の魔導士は貴重な戦力と
して徴兵される事が決まった。それに反発し、徴兵を拒否した魔導士も大勢
いたが、それらは全て『反逆罪』として処刑された。そんな中、ポーは
親からの遺産と、妖精などあらゆる伝手を使い、オリュエの国境を越える
事に成功する。しかし、オリュエでも顔が知られていたポーは強制送還される事を恐れ、更に貨物列車に紛れ込み、密かにヴリティエへと密入国する。
しかし、ヴリティエも、兵士不足を補う為、外国人を問わず傭兵として
戦場へ送り込んでいた。いわゆる『傭兵狩り』といわれているものだった。
それを知ったポーは輸送船に潜り込み、メリアナへの亡命を試みる。しかし、寸前で捕らわれの身となってしまったポーは、そのままヴリトラで傭兵と
して戦場へ送り込まれた。記録によるとシャンゼリ国籍の傭兵で『ジュール・ギュスターヴ』なる人物がテラストレリア前戦へ配置された記録がある。が、この人物こそポーではないか、といわれている。同じ部隊にいた人物からの
証言では、敵兵から逃げる途中に毒蛇にかまれ、身動きが取れなくなった。
その時、ギュスターヴが手を翳したところ、たちまち毒は浄化され、敵兵
から逃れる事が出来たという。そのほか、妖精と話をし、敵が近づいてくる
のを察知したとか、夜に無数の地雷を埋めた高原を、一度も踏む事はなく通り過ぎたとか、普通の人間では考えられない奇跡を起こして戦火を逃れたと
いう。更にギュスターヴの容姿はポーの容姿と良く似ていて、髪の毛も
金髪だ。しかし、二人が同一人物だという確かな証拠がない。そして
どちらも消息は不明である。」
「消息不明か・・・。」
私はため息をついた。しかし、この記事が全て事実だとすると、ギュスターヴ
ことポーはテラストレリアで最期を迎えたことになる。それに大戦時三十代
だったとしたら、今ならもう既に百十歳は超えている。
私はもう一度考え直し、今度は『ジュール・ギュスターヴ』なる人物を検索
してみた。しかし、「お探しのページはありません。」の他、アルセーヌ・ポーのキーワードが一緒に出てきただけだ。
「一般的に『ジュール・ギュスターヴとアルセーヌ・ポー同一人物説』は
知られているという事か。」私は一人で呟いた。
今度はヴリティエ側から調べようと思い、ヴリティエの戦没者名簿を
調べた。しかし、ヴリティエはもともと戸籍というものがはっきりしない国
なので探すのは困難を極めた。
ヴリティエ国籍の兵士の登録も曖昧なのに、ましてや外国人の傭兵など
録は見つかる訳等ない。八方塞りになった私はパソコンの電源をシャット
ダウンし、頭を冷やす事にした。
気分転換にキッチンの掃除を始めた。「リュッフェン人気質ね。」
そう言いながら妻が手伝う。
確かに、他のユーラント人から言わせるとリュッフェン人は掃除好きで
ケチらしい。王族も例外ではない。事実私の母は貴族の出だったが、祖父母
から、貴族の姫とは言え、私室の掃除は自分でやるように躾けられたという。
そんな母を見て育ったせいか、そういう習慣が身についていた。このところ
忙しくてそうじもままならなかった為か、結構埃がうっすらと溜まっている。
クリーナーで丁寧に埃を吸い取り、固く絞った雑巾で、棚や壁等を拭いて
ゆく。妻はモップ掛けの作業を続けている。
「・・・で、その人物については何か判ったの?。」「いや、全く。」
「そうなんだ・・・。」
いつもは陽気に返してくれる妻の答えも、今日は険しい表情だ。
「大体実在の人物かどうかも判らんし、生きていたとしても百十歳か、その上消息不明、大戦でテラストレリア大陸まで行った事までは記録にあるよう
だが。」
「テラストレリア・・・。あんな広い大陸、どうやって探すの?。」
「そうだな、それに居るかどうかも判らないし。」
そう言って、私は掃除を続けた。その時、デニムスラックスの尻のポケットに
振動が響いた。「ん?。」
バイブモードにしていた携帯電話だ。「はい。」
「教授!!。頼む、今すぐ来てくれ。理由は後で話す。」
国立博物館の館長からだ。「解った。」
妻に事情を説明し、車で送って貰った。
「どうした?。」
「館長室に入るなり、私は叫んだ。」
「おおおっ、教授、待っていたぞ。・・・まずは、これを見てくれ。」
パソコンのメール画面に私は目をやった。そこにはこう書かれてあった。
「・・・ネット配信された画像とコメント内容を拝見し、この事を是非取材
させて頂きたくメールをお送りしました。ぜひとも取材にご協力願えませんでしょうか。・・・制作会社ヤマティイ 番組プロデューサー ヒイディカツ
ザト」
「・・・どこからだ、こんなメール?。」「倭国のテレビ局だそうだ。」
胡散臭いメールだな、と私は感じた。と言っても、偽物とかそういうのでは
なく、過去にも宝玉の小箱の事で取材を受けたことがある。しかし、当然
ながら小箱が開く事はなかった。その時の番組制作スタッフから、
「ここで開いたら、次の番組が作れなくなってしまう。開かなくて正解
だよ。」
と言われた事を思い出した。その時は釈然としないものを感じて終わり、でも
良かったが、今度はそういう訳にはいかない。今度こそ小箱は開いてもらわ
ねばならない。半分やらせのような番組では困るのだが。
「気が乗らないなあ。」私は呟いた。「そう言うと思ったよ。」
館長はパソコンデスクの脚を軽く蹴った。椅子にキャスターが付いている為、
少し後ろに下がった。「あーあ。」と大きく背伸びをした。
「ところで、何か解ったか?。」「ん、まあ、色々と。」
そう言って私はこれまでのことを話して聞かせた。
「・・・ヴルドーニュの魔導士か。」「ああ。」「何て名前だっけ?。」
「アルセーヌ・ポー、だ。」「ふうん。」
館長は暫く考えた。
「・・・ところで、ヴルドーニュには行かなくていいのか?。それが手掛かりになるかもしれんというのに。」
「いや、ポーの事はこれ以上調べようがない。それに先日のイスパニア
行きで結構出費が多かったからな。」「なんだよ、自費で行ったのか?。」
「仕方がなかったんだ。けど経費は後で国軍に請求するつもりだが。」
「お人好しもここまで来ると呆れるよ。」
そう言われると、私ももう何も言い返せない。
「本当に行かなくていいのか?。そいつの事、検索ページだけが全てじゃ
ないと思うぞ。」
「どういう事だ?。」
「いいか、パソコンに載せている検索ページというのはあくまでも書き
込んだ人物が厳密な調査をした結果、とは限らない。だから『書きかけ
項目です。この記事を加書、訂正などしてくださる方を・・・。』という
項目がある。つまりだ、ページに載っていないだけで何かもっと隠された
部分がある、かもしれないという事だ。」
「成る程・・・。」
「そこでだ。教授はまず取材を引き受ける。」
「何だって!!。私は・・・。」「まずいいから最後まで話を聞け。」
私は渋々頷いた。
「取材の時、条件を出せばいい。まず自分が調べたい事を優先する。そして
旅費を出させる。この条件を呑まなければ番組制作には協力しないと。
あと、万が一小箱が開いて番組制作に支障をきたしても保証はしないと。」
「そんな条件を呑んでくれるだろうか。」
「じゃ、他に方法があるのか?。」「ない。」「決まりだな。」
館長はパソコンに向かって『条件付きで承諾する。』といった内容の返事を
送り付けた。
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