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終末極楽制度
西暦二千四十五年。
日本で最も深刻な問題は、火葬だった。
様々な社会保証制度が破綻し、国が国民の面倒を見切れない。国の一パーセントしかいない上流層は日本と海外を拠点に優雅に暮らしていた。五パーセントほど存在する中流層は、上流層の顔色を窺いながら、破綻した社会経済を実質的に支配した。
下流層は、どれだけ働いても搾取されるだけで、未来はない。働けなくなるとそこで終わりだ。貯蓄する余裕などはない。
お金が無くなった下流層では餓死者は少ないが、餓死する前に首をくくってしまおうという自殺者が後を絶たない。悪あがきをせずに死を選ぶのだ。
次から次へと死体がでてくる。死体を放置しておくとすぐに腐り、異臭を放ち虫が湧く。それだけでも不衛生だが、何かのウィルスに感染している状態で死んだ人間の死体は、肉体が滅びても長く生き続けるウィルスをまき散らす。
死体を火葬や土葬をせずに放置すると、不衛生極まりない。だが、あまりにも数が多すぎて、処理しきれない。下流層の死体の家族が、葬式や火葬をする金など持っているわけがなく、ビニール袋にいれて、空き地や河原に捨てるようになった。
この時代、死体遺棄などで逮捕する警官などいない。そんな罪ぐらいで逮捕すると国民の九十パーセントを捕まえなくてはいけなくなる。
国は死体処理場を作るしかなかった。当初大型の火葬施設を作ろうと計画していたが、ゴミ(下流層の人間の死体)処理にお金をかけることを無駄だと主張する上流層出身の国会議員たちにより、施設の建設費の大幅なコスト削減を余儀なくされた。
その結果、過疎化した土地に大きな穴を掘った。それが、国が用意した土葬場だった。
国中に転がる腐った死体を何とか減らせないものかと、政府はある制度を作った。死体になる前に、掘った穴へ自ら集合させる制度である。
「終末極楽制度」
肉体的な事情でも社会的な事情でも精神的な事情でも構わない。死が迫っている場合、自ら死を受け入れようとしている場合は、各都道府県の過疎地にある土葬場へ参集する事。その場合、下流層の平均月収の三か月分を与えるというもの。
家族のためにお金を残そうという者や、死ぬ前に豪遊しようという者が集まった。自ら死ぬために、死んだ後に埋められる穴に行くのである。
穴の管理を任されている役所の役人である森田は、この制度自体への疑問を持ちつつも、真剣に仕事をこなしていた。だが、この男は全てにおいて行動が雑だった。
「はい、次の人。いつ死ぬの? 三日後? だったら、お見舞金は今日でるよ。この書類にサインしてね。お金をもらった後に逃げても脳に埋め込まれたマイクロチップですぐに居場所が分かるからね。電車も乗れないし、ジュースも買えないようになるよ。マイクロチップの支払機能を止めるからね。死ぬと決めたら、悪あがきせずに死ぬことだね」
「はい、次の人。いつ死ぬの? 今すぐ? 見舞金は? 家族が受け取るの? そう。じゃあ、ここにサインして。自分で穴に飛び降りると見舞金が十パーセント増しになるけどどうする? ああ、わかった。十パーセント増しね。この書類持って、あっちの窓口で受け取ってね」
死ぬ前に森田の雑な対応を受ける下流層の人間達は、すでに人生を捨ててここへ来たが、こんな雑な人間が事務的に対応して自分の人生が終わるのか、こんなものなのかと、禿げて太った森田に最後の疑問の目を向けた。
ある日、二十歳前後と見られる髪が長いとびきりの美女が、土葬場に現れる。
その日その土葬場を訪れていた男性諸君は、この女性に目が釘づけになる。その中の一人が、森田の担当する窓口に並ぶ女性に声をかけた。
「あのう……。そんなに若くて綺麗なのに死ぬんですか? 病気なんですか?」
「いいえ、病気じゃありません。仕事がなくて辛くて。生きていたっていいことないし、死ぬのがいいかなって思いまして」
それを聞いた誰かが大声で言う。
「俺は死ぬ前にお姉ちゃんの顔を見られてよかったよ。こんな美人の顔を目に焼き付けて死ねる。こりゃ、最高の冥途の土産ってもんだ!」
男達が笑顔で賛同する。
「そこ、何騒いでいるの? 死ぬんだから大人しくしてね」
美女を囲むように微笑んでいた男達の視線が森田へ移る。
数人の男達が森田を担いで、穴へ捨てた。そして森田が座っていた窓口に美女を座らせる。
「死ぬ前のここの受付を、あなたのような美人がしてくれたら、幸せに死ねます」
各都道府県の土葬場の受付窓口は、とびきりの美女か美男子が担当するようになった。
(了)
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