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「麦谷さん」
森田くんが言った。
「え?」
むっちゃんが不思議そうに、私の顔を見る。私はすっと、森田くんから視線をそらす。
「なぁ、麦谷さん!」
「……花? 呼ばれてるみたいだけど?」
私はリュックの肩ベルトをぎゅっと握って、その声を無視して歩く。むっちゃんがあわてた様子でついてくる。
立っている森田くんの前を、黙って通る。
「……無視かよ」
ぼそっとつぶやいた森田くんが、私の背中に声をかける。
「麦谷さん! これ!」
立ち止まって振り返る。高く上げた森田くんの手に、桜色の封筒がにぎられている。
「ここで開けてもいい?」
「やっ……」
私はダッシュで駆け寄った。
「やめてよ! バカっ!」
腕をつかむと、森田くんはそれをポケットの中へ押し込んだ。周りを歩く生徒たちが、何事かとこちらを見ている。
「こんなところで……やめてよ」
「じゃあ無視するなよ」
唇を引き結んで顔を上げる。ポケットに手を突っ込んだ森田くんが、意地悪く口元をゆるませる。
「今日、一緒に帰ろう?」
「……嫌だって、言ったら?」
「わかってるだろ?」
森田くんがポケットの中から、ちらっと封筒をのぞかせる。
ひどい。これ、犯罪じゃない? 脅迫? セクハラ? ストーカー?
わかんないけど、とにかくこの男はひどすぎる。
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