ハイ・レガシー

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ハイ・レガシー

 滅びの始まりは、突然だった。  傾いていることに気づいた時にはもう倒れる寸前であり、誰にも止めることができなかった。 「ああーっ、ああああっ!」  倒壊した家屋の前で、小さな女の子が泣いている。  体を震わせる度に、手に持ったくまのぬいぐるみが揺れた。  そのすぐ横を、血相を変えた大人たちが駆け抜けていく。彼らの中に、子どもの涙を顧みる者はいなかった。 「あーっ! ああああああ!」 「………くぅっ」  ひとりの少女が、通り過ぎた後で立ち止まる。急いで道を戻ると、泣き続ける女の子に近づいた。  涙に濡れたその顔をじっと見つめる。 「……。………?」  少女は何か考えているようだが、声を発しない。  見つめては首をかしげる、ということを繰り返す。 「あああーっ! うぁああ!」  悲しみに暮れた女の子が、黙ったまま自分のそばに立つ誰かに気づくことはなかった。  合理性が極まった社会に、言葉は必要ない。  彼女たちは、相手に伝えるべき言葉を知らなかった。  会話は思念で行われ、その範囲は親しい者に限られる。  それでも生活に支障はなかった。  今までは、そうだった。 「あああ……ああああっ!」  言葉を知らないので、女の子はなぜ泣いているのかを他人に説明できない。 「………! ……?」  一方、少女は女の子という『親しくない者』に、なぜ泣いているのか尋ねることができない。  しかも彼女たちを含めたこの国の人々は、危機というものさえ知らなかった。 『倒壊した家屋の前で泣き叫ぶ女の子』という存在が何を意味するのか、誰にも理解できなかった。女の子の家族が瓦礫の下敷きになっているなど、通り過ぎる大人たちには想像もできなかった。  誰しも、生まれた直後は泣き叫んだことだろう。  しかしすぐに、家族やそれに近い者からの思念を受け取ることで泣き止む。  それからは泣く必要がなかった。泣かなくても望むものを与えられ、生きることができたからだ。  だから女の子自身も、なぜ今、自分が声をあげているのかがわからない。  胸底から湧き上がり涙となってあふれ出ているものが、悲しみと名づけられるべき感情であることさえも、理解することができなかった。 「あああああああ! ああああああっ!」 「……! ………? …!」  助けてほしい。  助けたい。  しかしふたりは、見つめ合うことさえなかった。  やがて、彼女たちの前にある瓦礫から闇色の粒子が舞い始める。  それは消滅の兆しだった。  女の子の家が倒壊した時も、屋根を支える柱から粒子が現れていた。それは見えない何かが柱を侵食した証だったのだが、女の子はもちろん家族もそれに気づけなかった。  家族は今まで住んできた家につぶされ、偶然外にいた女の子だけが助かった。  似たような惨事があちこちで発生し、人々を恐怖のどん底に陥れる。何が原因なのか、いつ始まったのかは誰にもわからなかった。  一方、倫理を理解しない者たちは、この未曾有の災厄を好機と見て蛮行に走る。 「フハハーッ!」 「げへへァ!」  野性に堕ちた者たちは、言葉や思念を必要としない。  本能的に徒党を組んでは暴虐をはたらき、望むものを奪い取っていった。 「ぐひひ…!」  暴徒のひとりが、泣き続ける女の子を見つける。右手にパイプ状の廃材を持ち、足音を忍ばせてゆっくりと近づいた。 「……はっ?!」  少女が気づいた時にはもう、暴徒はすぐ後ろに立っていた。近すぎる距離とすくんだ足が、彼女に逃げることを許さない。  せめて女の子だけでも守りたいと、少女は小さな体を抱き寄せてうずくまる。それを見て、暴徒が笑いながら廃材を振り上げた。 「ひゃははっ! ひゃーっはっははァ!」  英雄はいない。  助けは来ない。  突き下ろされた廃材は、少女と女の子をまとめて貫いてしまう。 「ぐはっ……!」  ふたりは血を吐き、倒れた。  恐怖と痛み、そして悔しさに染め上げられた少女の目は、おびただしい数の遺体とどこまでも広がる血の海を見つめていた。  積み上がった死は、数多の病原体を生む。  これと絡み合うことで、災厄は新たな変化を遂げた。  建物など無生物だけでなく、生物をも分解するようになったのだ。  もはや消滅と死は留まるところを知らず、やがて悲鳴どころか飛び交う思念さえもなくなってしまう。  頭だけ残されたくまのぬいぐるみも、粒子となり消えていった。 「…な、なんか……救いがないな…」  ビールジョッキの取っ手を握った島津 貴弘(しまづ たかひろ)が、つらそうな顔で言った。  向かいに座る大井 悠(おおい ゆう)は、軽く笑いながら返す。 「まあ、妄想だからさ」 「あ」  悠の軽い口調と、指に伝わるビールのひんやりとした冷たさに、貴弘は気を取り直す。 「そうか、実際にあったわけじゃないよな」  安心した様子でビールを飲む。  二口分ほど流し込むと、ジョッキを置いて悠に尋ねた。 「で、災厄ってのは結局……何なんだ?」 「災厄は、微生物とか細菌、ウイルスによって起きた」  妄想という前提があるにも関わらず、ふたりの表情は真剣である。 「伝染病とかそういうことか? だったら家が消えたのはなんなんだよ?」 「これだよ、これ」  悠はそう言いながら、白いビニール袋を見せる。  スマートフォン用の小型バッテリーが入ったその袋の右下には、『自然にやさしい』という文字があった。 「その時代はいろんなものがすごく発達してて、家なんかも自然に還る素材でできてた。ウイルスはそういうものまで分解しちゃった…ってことさ」 「え……!」 「本来は特別な薬を使って、取り壊す時だけ『自然に還る状態』にしてた。でも謎の突然変異が起きて…そのままでも分解できるウイルスとか細菌が出てきた」  悠は袋を下ろす。 「これが混乱を生んで、殺し合いが起きた。それプラス、遺体からさまざまな病原体が広がったことで、突然変異がもう一発起きた」 「もう一発」 「この二発目の突然変異で、ウイルスは人間まで分解できるようになってしまった…それが広がって、文明そのものが滅びたんだ」 「ほぇー…つまり、『何もかもが自然に還ってしまった』ってわけか」 「そういうことだな。滅びた後に残ったものがレアメタルとかレアアースで……オレたちは失われた古代文明の遺産を利用して、便利に暮らしてるんじゃないかなー、って話さ」 「……?」  貴弘は不思議そうな顔をする。一度考えてから、悠にこう返した。 「古代文明の遺産って、ピラミッドとかじゃないのか?」 「そういうのは分解されないから残ったわけで、残ってるからオレらもそれが『古代文明のもの』ってわかる。でも、人類が生まれて何百万年もたつのに、今だけが科学的に一番発達してるとは限らないだろ?」 「だろ? って言われてもなあ…」  理解が追いつかない貴弘は考え込む。そこへ女性店員が通りがかった。 「あ!」  彼は店員に顔を向け、注文を飛ばす。 「おねーさんたこわさ!」 「はーい!」  女性店員は笑顔で返事をすると、ポケットからハンディターミナルを取り出して操作した。 「……!」  その姿を見て、貴弘は何かに気づく。  店員が去った後で、悠にその気づきを報告した。 「ああいう機械も全部分解されて、部品の材料だけが残ったってことか。それを現代の俺たちが掘り出して利用してると」 「そうそう、そういうことだよ!」  悠は力強くうなずく。  しかしすぐに、苦笑がその顔を彩った。 「まあ、それを証明することができないんだけどな……だからこの話は結局、ただの妄想ってとこに落ち着いちゃうんだよ」 「なるほど。いやでも、今ようやく…話の意味がわかった気がする。なるほどなあ」  貴弘は感心した様子でうなずく。再びビールを飲もうと、ジョッキに手を伸ばしかけた。  と、その動きが止まる。 「……?」  左の視野に、知らない誰かの肩が映り込んでいる気がする。  貴弘はそちらを見ないまま、悠に尋ねた。 「な、なあ…今日って、俺らふたりだけだよな?」 「なんだよ急に」  スマートフォンを見ていた悠が、笑いながら顔を上げた。 「後から女の子が来るとでも思ったか? 残念ながら、オレとお前のふたりだけだよ」 「…そうだよな」  納得の回答を得た貴弘は、ジョッキを持ち上げビールを飲んだ。  飲み干した後で正面を向いてみる。 「……!」  貴弘は目を見開いた。  悠の隣に、銀髪の少女がいる。  視野に映った誰かの肩とは、彼女のものだった。あれは、見間違いではなかったのだ。 「…………」  あまりの驚きに声が出ない。貴弘は、謎の少女をただ見つめることしかできなかった。  少女の体は透けており、後ろの壁が見えてしまっている。服は着ていないようだが、長い髪が覆っているせいで気になる場所は見えない。  彼がそこまで認識した時、うつむいていた顔が上がる。目が合うと同時に、少女は微笑みかけてきた。 「!」  彼女の赤黒い目が見えた直後、貴弘は別の場所に飛ばされてしまう。 「……えっ!?」  目の前にあるのは、おびただしい数の遺体とどこまでも広がる血の海。  遠くに響くのは、悲鳴と雄叫び。  そしてすぐ後ろからは、カチカチと何か軽く硬いものを続けざまに打つ音が聞こえた。 「…!」  貴弘は振り返る。そこには、つい先ほど悠の隣に見た銀髪の少女がいた。  ただ、髪の長さが肩までに変わっており、服を着ている。目も普通の人間と同じ色合いになっていた。  少女はうずくまった状態で、小さな女の子を抱きしめている。恐怖に震えているのか、少女の歯は打ち合ってカチカチと音を立てていた。  恐怖。  少女は一体何に恐怖しているのか。  その元凶が、彼女たちの背後に現れる。 「ぐひひ…!」  いやらしい笑みを浮かべた男が、パイプ状の廃材を振り上げていた。先端は欠け、槍のような切っ先を作り上げている。 「……!」  悪い予感が貴弘を満たす。彼は思わず叫んだ。 「や、やめろぉおっ!」 「ひゃははっ! ひゃーっはっははァ!」  叫びは、男の声によってかき消される。  無情の槍が、少女と女の子をまとめて貫いてしまう。 「ぐはっ……!」  ふたりは血を吐き、大地に倒れた。  少女の目が、ここで赤黒く変わる。  風が吹くとともに、男は消えた。少女と女の子の体も、闇色の粒子となって消える。  後には、くまのぬいぐるみが残った。  貴弘が手を伸ばしかけると、ぬいぐるみの体も消える。  中の基盤が露出したかと思えばそれも消え、最後には粉末状の金属だけが残った。 「あ……!」  貴弘は気づく。 「まさか…この中にあの子の思念が……!?」  そこまで言った時、目の前が真っ白になった。あまりのまぶしさに、貴弘は目を開けていられなくなる。  意識が飛びそうになったその時、彼は強く呼びかけられた。 「おい!」 「…えっ?」  貴弘は驚き、まぶたを開く。  目の前には悠がいる。心配顔でこちらを見ていた。  悠は、貴弘が反応したことでホッと胸をなでおろす。 「なんだよ…どうした? いきなりボーッとしちゃってさ」 「あ…」  貴弘は周囲を見回す。見慣れた居酒屋の風景がそこにはあった。  戻ってきたことを認識すると、彼は笑ってごまかす。 「ちょ、ちょっと酔っちゃった…っぽい。はは……」  それからすぐに悠の隣を見た。  銀髪の少女は、まだそこにいる。 (……あれ?)  透けて見えていた壁が、今は見えない。少女の存在が濃くなっているようだ。  ふとテーブルを見ると、悠のスマートフォンに小型バッテリーが接続されていた。 「…!」  貴弘は理解する。 (やっぱりそうなんだ。あの子の思念が、スマホの中に……!)  別の席にいる客の隣にも、  歩いている店員のすぐ横にも。  およそスマートフォンを持っているであろう者すべてのそばに、少女の姿があった。 (悠は、この子の思念を無意識に感じ取ったんだ。無意識だから自分の妄想だとしか思えなかった…! その話を理解したから、俺は…この子が見えるようになった……)  貴弘は、自分の隣にいる少女を見た。彼女の目は、本来白いはずの結膜部分が黒く、黒いはずの瞳が真紅に染まっていた。  その色合いは禍々しさを感じさせる。希少金属ひいてはスマートフォンの中に込められた思念が、穏やかなものではないことを示していた。 (思念ってより、怨念……!)  理不尽な暴力に殺された少女の恨みが、怨念として希少金属に記憶されたのではないか。そんな気がした。  ふと視線を悠に戻すと、彼は先ほどのやりとりで安心したらしく、今はスマートフォンを触っている。  貴弘とはちがい、隣の少女に気づいている様子はなかった。  やがて飲み会は終わり、貴弘と悠は帰路につく。  途中で悠と別れた貴弘は、信号待ちをしながらスマートフォンを見ていた。 ”何にもできないクセにえらそうにすんなクソが、死ね!” ”悪いヤツを見つけたぞ! みんなでいじめよう!” ”コイツこんなこともわからないのか? おーいみんな、バカがいるぞバカが” (なんかもう、見てらんないな……)  彼はげんなりしながら画面を消す。顔を上げたちょうどその時、信号が青に変わった。  横断歩道を渡りながら、こんなことを思う。 (現実で我慢してる分、ネットで爆発させてんのかな)  胸の奥に、言い知れぬ苦さを感じる。 (なんか…古代人みたいだ)  言いたいことを言えない。  相手にとっては、言っていないも同じ。  何も言えずに我慢している誰かの姿と、言葉そのものを知らない古代人の姿が、貴弘の中で重なる。  ネットの海に吐き出された言葉たちが、悠の話にあった親しい者同士でのみ伝わる思念と似ているように感じられた。 (もしかしたら、この子の怨念は…)  自身の左を見る。  銀髪の少女が、宙に浮いた状態でそこにいた。彼の視線に気づくと、ニヤリと笑いかけてくる。  毒のあるその笑顔が、彼の推測を完成へと導いた。 (古代人からの挑戦状なのかもしれない)  現代人は、他者からの思念を認識することができない。  もし古代人から何らかの思念を受け取っていたとしても、思念であることを理解できない。  しかし、悠が古代のことを自らの妄想として語ったように、思念に影響される者はいる。少女の姿が見えるようになった貴弘もそのひとりである。  つまり、現代人はスマートフォンの材料である希少金属に込められた少女の怨念から、何らかの影響を受け続けているのだ。それはどこか洗脳に近く、知らず知らずのうちに人々は電子の世界で互いに傷つけ合うようになった。  この洗脳に翻弄されることなく、自分らしさを保てるかどうか。  貴弘は、それを試されているような気がした。少女の怨念を古代人からの挑戦状だと考えたことには、そういった意味が込められていた。 (俺は…)  唇を引き結ぶ。 (負けたくない)  貴弘は、挑戦状を受け取った。  この日から、彼は少しだけ生き方を変える。ネットに漂う言葉たちを、心に入れない努力をし始めた。  誰かの怒りを目にしても、それは自分の怒りではない。きちんと分けて考えることで、自身の流儀とも言うべきものができあがっていくのを感じた。 (俺は俺、他人は他人…それでいい。一緒になって怒る必要はない。おかしいと感じたら、怨念の仕業だと思うようにする。そうすれば、誰かの怒りに振り回されずにすむ)  少女の怨念を意識することで、逆に自分らしさを確立していく。これまではただ過ぎゆくばかりだった毎日に、貴弘は確かな手応えを感じるようになった。  そのきっかけをくれた悠に、彼は深く感謝する。 (これはきっと才能なんだ。感じ取るという才能…悠はそれを俺に与えてくれた。あんまりびっくりしたもんだから、あの時は何も言えなかったけど…今度、じっくり話して伝えたい)  しかし怨念は、彼が思ってもみない形で襲いかかってきた。 ”お前さ、オレが優子ちゃんのこと好きだって知ってるよな!? なのになんであんな仲良さそうに話すんだよ!” 「ち、ちがう! あれはゼミの資料集めについて訊かれたから、答えてただけで…」 ”あの後、優子ちゃんがオレになんて言ったか知ってるか? 『島津くんって彼女いるのかな?』だぞ! お前ふざけんなよマジで!” 「悠…!」 ”もう知るか、絶交だ! 二度とオレに話しかけんな!”  通話は一方的に切られた。 「悠! おい!」  呼びかけても、もう悠からの返事はない。  代わりに聞こえたのは、無機質な話中音だった。 「く……!」  まさかこのような形で、友人関係が終わるとは思わなかった。悔しさと悲しみが、貴弘をうつむかせる。  そんな彼の隣には、銀髪の少女がいた。 「……」  悲しみに暮れる貴弘へ、嘲りの笑顔を向けている。それはまるで、勝ち誇っているかのようだった。  貴弘の左手が拳に変わる。それが激しく震え始めるのを見て、少女の嘲笑は満面へと広がった。  しかし。 (仕方…ない)  それでも、貴弘は自分を見失わなかった。 (悠と出会えたことには感謝だ。アイツはいいヤツだった……結局礼も言えなかったけど、別れには…さよならだけを贈ろう)  理不尽な悠の仕打ちに、怒りを感じないわけではない。  しかし貴弘は、怒りを恨みに変えなかった。すんでのところでそれを防ぎ、拳の震えを止めた。 (そうだ…出会いにありがとう、別れにさようなら。それだけでいい。それ以外の言葉は、いらないんだ)  目からは涙がこぼれ、足から力が抜ける。  思わずその場に座り込んでしまうが、それでも彼は己の流儀を変えまいと決めた。 「………」  悲しみに耐えながら決意した貴弘を見ても、少女は嘲笑を消さない。それどころか、楽しげに彼の周囲を飛び回る。  下を向いた貴弘には、それが見えない。これまでのように、彼女が笑っているのを認識することはできなかった。  だが、ふと。 (いや待て…待てよ)  貴弘は顔を上げる。それを見た少女は、彼の背後で動きを止めた。  笑みを消し、不思議そうに見つめる。すると、貴弘がゆっくりと立ち上がった。  彼は、暗くなったスマートフォンの画面を見つめる。 (なんでそんな簡単に切っちゃうんだ……)  左手を、再び握りしめる。 (早すぎるだろ、俺!)  貴弘が怒りを向けた相手は、悠ではなかった。  彼との友人関係を切ろうとした、貴弘自身だった。 (さよならなんて早すぎる! 俺は言葉を知ってるし、アイツだって同じ言葉を知ってるじゃないか…!)  左手を震わせながら、唇を噛む。鋭い痛みは心を落ち着け、己が流儀に則った務めを彼の中に明示した。 (話そう)  理解し合うことは、もしかしたらできないかもしれない。  それでも、言葉を尽くしてみる価値はある。 (時間をかけて、思っていることをちゃんと伝えるんだ。俺にとって、悠にはそれだけの価値がある…ああ、そうだ!)  貴弘は強く思った。ためらう理由はなかった。  彼はスマートフォンを操作する。メールアプリを立ち上げると、悠に思いを送った。 ”悠、ちゃんと話そう。それでも俺のことを嫌いだっていうんなら、その時は仕方がない。だけど俺にとって、お前は大事な存在だ。絶交だって一方的に言われて、はいそうですかってわけにはいかない” 「……」  銀髪の少女は、不思議そうな顔と嘲笑を交互に繰り返しながら、貴弘の左隣へ戻ってくる。  しかし、彼のスマートフォンが何かを着信した瞬間、その表情は驚きで停止した。  貴弘は端末を耳に当てると、静かな声で語りかける。 「悠、電話くれてありがとう。やっぱりちゃんと話してから決め…」 ”ごめん…! ごめんなあ貴弘ぉおおお!” 「……悠…」 ”オレ、ついカッとなって…! 絶交とか、ほんとバカなこと言ったって……!” 「そっか…うん、それなら大丈夫。もう気にしなくていい。俺も、気にしてないから」 ”うわぁああん! ごめん、ごめんなさぃい!”  消えかけた関係が、再び形を取り戻す。  それを目の当たりにした少女は、忌々しげに顔を歪めた。 「……チッ」 「?」  舌打ちのような音を聞いた貴弘は、左を見た。  そこにはもう、誰もいない。 「……」  貴弘はしばらくそちらを見ていたが、やがて前を向いた。  まだ泣いている悠に、そっと言葉を贈る。 「ありがとう」 ”うっ、うえっ、うええっ”  泣きじゃくる悠には届いていない。  だがそれでも、貴弘の顔は晴れやかだった。    >Fin.
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