「天国」(1)

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「天国」(1)

 激しい衝撃。脳は頭蓋骨の中で液体に浸ってゆらゆら揺れていると、遥か昔にあいつから聞いたことがあったな。今、それを実感している。気を抜くと揺れに引っ張られて倒れこんでしまいそうだ。喧嘩には自信があったが、相手が悪かったな。俺は情けなく床に突っ伏し、お構いなしに込み上げてくる吐き気にただ耐えるしかない。痛む頭を、何度も何度も踏みつけられる。ようやく顔を上げると、焦点の合わない視界の中で笑っている男がいる。整髪料で綺麗に撫でつけられたオールバックの黒髪が、薄暗い部屋の中で厭に光っていた。  体を動かそうと力を入れるたび、肩の傷口から血液が溢れ出すのを感じる。この傷は、咬み傷で、そうだ、俺の頭に高級そうな革靴を叩きつけてくる野郎の後の奴につけられた傷だ。  それなら、目の前にいるこの男は誰だ? なぜ俺はこんな目に遭っているんだ?  思考の途中で鼻柱を勢い良く靴の先端で蹴り上げられ、情けない声を出しながら俺は後ろに吹っ飛んだ。生温い液体が、鼻から流れ出してくる。痛みで呼吸がままならない。肺が痛い。噎せ返って、ついでのように酸っぱいものがせりあがってくる。  顔を押さえて壁際に追いやられる俺を見て、男は満足気に笑うと、半月型に割れた口から言葉が放たれる。  俺にとって、悪い言葉が——。
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