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黒天使により、命の危険にさらされても、キルシュの心のどこかでは思っていました。 黒天使の中にも良心を持つ者がいるかもしれないと。 キルシュがそんな考えを抱くようになったのは、今は亡き祖父の話が元になっています。祖父は黒天使と戦い、瀕死の重症を負いました。その後目を覚ますと、黒天使が目の前にいたそうです。黒天使は天使の祖父が敵と知ってはいましたが、怪我をしてるのを放っておけず助けたそうです。 黒天使は天使のように癒しの呪文で怪我を治せないので、回数をわけて薬草を祖父に飲ませました。苦味はありましたが、時間を追うことに痛みはおさまっていったそうです。 黒天使の介抱のお陰で、祖父はすっかり元気になり、祖父は天界に帰り天使達にその事を話しました。しかし天使達は祖父の話を信じてくれませんでした。偉い天使は祖父に忠告しました。これ以上黒天使が助けてくれたという話を広げるなと。 無理もないでしょう、黒天使は天使の敵だからです。黒天使が天使を助けるなど普通ではあり得ないからです。 祖父は孫娘のキルシュには自身の体験談を語ってくれました。 聞いた時は半信半疑でしたが、祖父の目は真剣で本当のことを言っているのだとキルシュは幼いながらも理解しました。 キルシュの祖父は亡くなりましたが、祖父の話がキルシュに伝えた話はキルシュの心の中にずっと残りました。 元に黒天使の中にも良心を持つ者がいる可能性を、フィオーレを通じて感じました。 「お祖父様、行ってきます」 朝、キルシュは祖父から貰ったロザリオを両手で持ち、祖父に一言伝えました。キルシュが毎朝欠かさず行うことです。亡き祖父が守ってくれる感じがして安心します。 ロザリオを首にかけ、キルシュは自宅を出ました。 キルシュは空をはばたき、天使達が飛び交う城へと向かいました。城の入り口前にヴァイハが待っていました。 「おはようございます。ヴァイハ先輩」 キルシュはヴァイハに頭を下げました。 「ああ、おはよう、朝早くに起こしてすまなかったな」 ヴァイハは言いました。 キルシュの目覚めはヴァイハのテレパシーがきっかけだったからです。 「良いんですよ、大切な仕事ならしょうがないです」 キルシュは薄く笑いました。 「行こう、ミサエル様が待ってるからな」 ヴァイハは言いました。ミサエルはキルシュを含む天使達に指示を出す上の立場の天使の一人です。 城内では多くの天使が動き回っていました。書類を運ぶ天使、掃除をする天使、慌てて飛ぶ天使などです。 「朝にも関わらず忙しそうですね」 キルシュは周りを見回しながら言いました。城内には任務のことを聞いたり、報告するために来ており、天使の様子は見ていますが、そう感じます。 「これから俺達もそうなるだろうな」 ヴァイハは静かに言いました。 「ヴァイハ先輩と私で組むんですか?」 「ああ、詳しくはミサエル様が直々に伝えるそうだ」 ヴァイハが相方になることは過去に何回かありましたが、重要な任務がばかりでした。 今回も重要な任務になりそうな予感がしました。 「どんな任務が待ってるんでしょうね」 「俺がついてるから硬くならずにいこう」 二人は大きく立派な扉の前にたどり着き、はばたくのをやめました。 ヴァイハが扉を二回叩き、中の人物に声をかけました。 「ヴァイハです。キルシュも一緒に連れて来ました」 「どうぞ、入って」 中から女性の声がしました。ヴァイハを先頭に、キルシュは扉を潜りました。 金髪に青い目、背中には白い羽根を生やした女性が高級そうな椅子に座っていました。二人は女性の前にまで進みました。 この女性こそがミサエルです。 「二人とも忙しい中よく来たわね」 ミサエルは言いました。そしてミサエルはキルシュに顔を向けました。 ミサエルの目付きは鋭く、見られるだけで緊張します。 「キルシュ、ヴァイハを通じて連絡する事になったけど、悪く思わないでね、私も今回の任務に必要な準備をしなければならなかったの」 「いえ……それで任務というのは?」 キルシュは訊ねました。 するとミサエルは両手を宙に掲げました。目映い黄色の輝きが部屋に広がり、一冊の本が出てきました。 本はミサエルの手の中におさまりました。 「この滅びの書をイシス様の元に届けて欲しいのです」 ミサエルは言いました。 イシスとは神様の一人でこの世界にある呪文を創り操ることができます。キルシュを含む天使が使う呪文もイシスが創り出したと聞きます。 「滅びの書……随分怖い名前ですね」 「そう感じるのも仕方ないでしょう、その滅びの書はイシス様が唱えれば、全ての黒天使が滅びるのですから」 「えっ……」 ミサエルの言葉に、キルシュは短い声を出しました。 ミサエルは更に説明を進めました。滅びの書は神様が長年研究を重ね、作り出した書物で、これをイシスが読めば確実に黒天使は全て滅ぶらしいのです。 ちなみにイシスは滅びの書を作ることに関わっておらず、その理由は滅ぼしたり破壊したりすることが好まないからです。 今回の件をイシスが同意したのは天使が粘り強く説得した結果だそうです。 「神様が直接渡さないんですか?」 「それがね、イシス様は他の神様とは折り合いが悪くて、天使でないと意志疎通をしないのよ」 キルシュの問いかけに、ミサエルは重々しく答えました。 「俺とキルシュだけなんですか、他の天使はいないのですか」 「他の天使は出払ってるから、貴方達しか頼める天使はいないの」 キルシュの心の中では引き受けたくないと叫びます。 イシスが滅びの書を読み黒天使を消滅させれば、天使や人間に平和は訪れるでしょう、しかしそれで本当に良いのかと。 『キルシュ、ミサエル様はあんな事を言ってるが、断っても良いんだぞ』 ヴァイハはテレパシーでキルシュに話しかけてきました。 ヴァイハはキルシュの気持ちを察したのです。 『ヴァイハ先輩が言ってたことは、この事だったんですね』 キルシュは言いました。ヴァイハの黒天使との戦いは終わる。が理解できたからです。 『ああ、でもまさかここまでとは思わなかった』 ヴァイハの声色から戸惑いを感じました。噂では聞いてはいましたが、想定外だったようです。 ヴァイハが言うように断るという考えも過りました。 「……お引き受けします。ミサエル様の直々の指示ですから」 キルシュは迷いながらも言いました。本心では受けたくないですが、ミサエルが与える大切な任務を断ることはできないのです。 「キルシュ……」 「ヴァイハ先輩もそれで良いですよね」 「君が決めたなら、それで構わない」 ヴァイハは仕方なくキルシュに同意しました。 キルシュはヴァイハと共に、任務を引き受けることとなったのです。
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