屋上の告白

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屋上の告白

*** 「神楽君、一緒に弁当食べようよ」  私はお弁当を持って、神楽君にそう言った。  お昼時間に入ってすぐの事で、ヒトミには「辞めておけ」と言われたけれど、やっぱり朝のことを謝っておいた方がいいと思ったのだ。 「え、でも……」  何故か驚く神楽君の腕を、私は力を込めて掴んだ。  昨日、あれだけ強引なことをしてしまった今、こんなのは小豆を箸でなくスプーンで掬うくらい簡単なことだった。 「ほら、行くよ」 「行くって、どこに」 「屋上に決まってるでしょ?」 「でも、屋上は鍵がかかってるし」  ふふん、と私は得意になって笑ってやった。 「私にだって、使える魔法はあるんだよ?」 ***  私と神楽君は教室を出ると早足で階段を駆け上り、屋上へと向かった。もちろん、神楽君が逃げ出さないようにその腕を掴んだまま。途中何度か神楽君は躓いて転びそうになったけれど、私はそれに構うことなく先へ進んだ。  やがて屋上への扉に辿り着いた私は、ポケットからヘアピンを一本取り出して、それをドアノブの鍵穴に差し込んだ。 「ちょ、ちょっと神楽さん、それは魔法じゃなくて」  そうよ、やってることは泥棒よ。なんか文句ある?  私は思いながら、神楽君を一睨みする。  このドアノブの古い鍵がヘアピンで簡単に開ける事ができるのに気がついたのは、つい先日の事だった。放課後に屋上から太陽が沈むところが見てみたいという感情にかられたのがその発端だ。 もちろん、鍵がかかっていて諦めようと思ったのだが、ドアノブの鍵穴に目を向けたときに私の頭に浮かんだのは、歴代の泥棒たちが針金で鍵を開けていく姿だった。そして試しにやってみようと思って鍵穴に針金を差し込んでみたところ、簡単に開いてしまったという訳だ。学校は今すぐにでも鍵を付け替えたほうがいい。  かちゃり、という音と共に、鍵が開く。  私は神楽君の腕を掴むと扉を開け放ち、屋上に出た。  そこには一面コンクリートが広がっており、端の方には貯水タンクがあった。  周囲は腰の高さまでしかない塀に覆われており、ちょっと気を抜くと下まで転落してしまいそうな場所だった。  というか、だからこそ立ち入り禁止になって施錠されていたわけなのだけれど。  私は扉を閉めると神楽君を引き連れて塀際まで歩いていき、その塀の上に腰掛けた。  もちろん、バランスを崩して後ろに倒れてしまえばひとたまりもない。地面まで真っ逆さま、頭を強く打ってあの世行きだ。 「ちょ、ちょっと那由多さん、危ない、危ないよ! 落ちたらどうするの!」 「大丈夫よ。怖がりね」  私は高いところが大好きなのだ。加えてちょっとくらいスリルのある昼食ってのも試してみたいと思っていたのだ。その方がより美味しく食べれそうな気がしない? ああ、生きてるって美味しい!って。 「な、何言ってんだよ、落ちたら死ぬよ?」 「落ちたら死ぬって事は、落ちなきゃ死なないって事じゃない」  完璧な理論。どうだ、まいったか。  私は気にせずお弁当のふたを開けて、ミートボールに箸を刺した。 「どうしたの? 隣に座りなよ」 「僕は、遠慮しとくよ」 「ふうん、ガールフレンド一人に危険な思いをさせるわけだ」 「危険って解ってるんなら、そこから降りなよ」 「ひどいなぁ、飛び降りろって言うの?」 「そうじゃなくって!」  面白い奴だ。からかえばちゃんと返してくれるんだから、これはからかいがいがある。 「いいから、隣に座りなさい」  私は一旦塀から降りると、神楽君の腕を引っ張って塀際まで引きずる。神楽君は嫌々と首を横に振りながらも、仕方がないという顔で私と一緒に塀の上に腰掛けた。  顔が、おっかなびっくりって感じだった。 「神楽君のこわがり」 「怖いのは当たり前だろ? 僕が死んだらどうするのさ」 「そのときは線香の一本くらいは立ててあげる」  神楽君は深くため息をついて、お爺さんのように腰を丸めてお弁当包みを解いた。  神楽君のお弁当は私の純日本製冷凍食品弁当とは明らかに違う、どう見たって全部手作りといった感じのものだった。  何だか、自分のお弁当が酷くみすぼらしい。 「それ、おばあちゃんが作ってくれてるの?」 「え? そうだけど……」  ふん、さすがおばあちゃんだ。このお弁当もまたハーブティーやクッキー同様に心の芯まで温めてくれることだろう。 あぁ、そう言えば心の芯ってどんな形してんだろう。芯って言うくらいだから、やっぱり細くて長いんだろうな。もしかしたら、シャーペンの芯みたいに簡単に折れちゃうものなのかなぁ。 「なに、ぶつぶつ言ってんの、那由多さん?」 「え、心の芯について考えてたのよ」  すると神楽君は心底呆れたような顔をした。  なにもそんな顔しなくても。  って、いけない、いけない。本来の目的を忘れるところだった。 「あのね、神楽君」  私はできるだけ汐らしい声を出し、 「朝は、ごめんね」  と頭を下げた。 「な、何だよ、突然」 「だから、男らしくないって言っちゃって」 「あぁ、そのこと。いいよ、気にしないで。おばあちゃんにも昨日、同じ事を言われたから良く解ってる」 「おばあちゃんに?」  どういうことだろうか。なんであの優しそうなおばあちゃんが神楽君のことをそんなふうに言うのだろうか。実は人前では優しそうに振舞って、誰も居なくなったら神楽君を苛めている悪い魔女だったのか。 「そう、情けない、そんなことして男らしくないって」 「ちょっと、なんでそこまで言われなきゃならないの? それって、私があんたに強引にキスしたこととかが原因?」 「えっと…… まぁ、そんなトコ」  言って神楽君は、気まずそうに私から視線を逸らしてしまう。  それって、私が悪かったって事? やっぱりおばあちゃん、怒ってたの? 私たちが付き合うことには反対だった? まさか、貰ったポプリや朝のクッキーの中にゴキブリが混ざってたなんてことはないわよね? 「ひどいなぁ。悪いのは私で、神楽君じゃないのに。私は神楽君のことが大好きで、それで理性を抑えきれずにあんなことをやっちゃっただけだったのに」  そう口にすると、神楽君は突然私の方に顔を向けて、 「あのさ、那由多さん」 「なに?」 「朝のクッキー、あれちゃんと食べたよね?」 「食べたわよ。全部。あんたが食べろって言うから」 「本当に?」 「嘘じゃないわよ」  失礼な奴だ。なんで嘘を言わなきゃならないのよ。ハーブティーと一緒においしくいただきましたよ。そのあと水筒のコップも返しに行ったじゃない。って、そうか。あの時は神楽君、トイレ行ってたから机の上にコップだけ置いといたんだっけ。 「おかしいなぁ……」  呟いて、神楽君は腕を組んで首をひねる。  おかしい? なに? わたしの頭の事? 「悪かったわね。どうせ私は変人よ」 「えぇ? そんなこと言ってないじゃないか」 「言ったじゃないの。おかしいって」 「ち、違う。そう言う意味じゃなくて―― って、なんで那由多さんはそう、話を全然別のほうに向けちゃうかなぁ」  そうだろうか。そのとき思っていることを口にしているだけなんだけど。 「それがダメなんだよ」  と神楽君は私に注意した。 「もっと人の話はちゃんと聞いて、前後の会話からその意味を理解しなくちゃ」 「私より実力テストの悪かったやつに言われたくないわね」 「な、見たの?」 「見た。思いっきり見たわ。縦棒が二つ並んでたでしょ」  そう言って、私は指で縦棒を二つ、横に並べて宙に書いて見せた。 「そ、そのことは、ばあちゃんには言わないでくれよ。秘密にしてるんだから。バレたらまた説教くらっちゃう」 「なに? おばあちゃん、そんなに怖いの?」  やっぱり悪い魔女だったんだ。 「いや、まぁ、普段は優しいんだけど、怒るとめちゃくちゃ怖いんだよ。昨日なんか、一時間以上も説教をくらったうえに、午前三時まで眠れなかったんだから」 「三時ってことは、七時に起きるとして四時間は寝たわけだ」  それなら十分よ。私なんて漫画を一気読みして気がついたら朝になってた事もあったんだから。 「いや、うちは五時には起きる事になってるから、二時間しか寝てない。いや、眠りにつくまで一時間くらいかかったから、実質睡眠時間は一時間くらいかなぁ」  うへぇ、そりゃきつい。朝五時に起きろなんて言われたって、私には到底不可能だ。一度寝てしまったが最後、私は何時間でも眠ってしまうのだから。 「まぁ、それはともかく」  と私はそこで話題を変えることにした。 「あんたの住んでるマンションだけど」 「うん?」 「あんたの部屋があったところを、帰りにもう一度外から見てみたのよ」 「えぇっ!?」  神楽君は明らかに動揺した。 ふん、ついに尻尾を出したわね!  私はさらに畳み掛ける。 「そしたらさぁ、突き当りと外壁の厚さ、五十センチくらいしかなかったのよ。おまけに、神楽君家の扉もなくなってたし。あれ、どういうこと?」  神楽君は、どう見たって『しまったぁ』って感じの顔だった。 「それは……」  神楽君は言いよどむ。  だけど、私は容赦しない。神楽君が困っているのを見ると、何だかすごく気分がいい。どうやら私は、サディスティックな女らしい。 「神楽君、やっぱり魔法使いなんでしょ?」 「……」  神楽君は口をパクパクさせながら、まるで餌を求める金魚のような動きで、でもその口からは一言も言葉は発せられなかった。  もしかして、魔法使いであることがバレたら声が出なくなる設定だったとか?  しかしそんな思いはあっさり裏切られた。 「そ、そんなわけないじゃないか」  神楽君の声は、昨日とはまるで違う、否定しながらも否定できていない言い方になっていた。 「そう」  そんなら、こうするまでだ。  私はふふんと神楽君に笑って見せると、ゆっくりと後ろに、遥か下のほうに見える花壇の方に体を傾け、そして―― 「な、那由多さん!」  地面に向かって、飛び降りた。
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