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ダーツバー
私が池宮君を見かけたのは、大学時代の友だちと出かけたダーツバーだった。
三ヶ月前、十二月の土曜日、忘年会と称してイタリアンで食事をしたあと、最近ダーツにはまっている子が行こうと言い出したのがその店だった。ダーツ愛好家の間では名の知られた店で、常連には国内ランキングで上位の人もいるという。
ダーツなど触ったこともない私が行くのはどうかとも思ったけれど、
「見るだけでもいい店なの。雰囲気がいいんだから」
そう言われて、行ってみることにしたのだ。
店内は思ったよりも広くて、たくさんの人がいた。見せるダーツバーを売りにしていると言うことで、モダンな雰囲気でお酒の種類も豊富、私たち以外にも女の子だけで来ているグループが何組かいるようだった。
そこで私は、友だちが投げるのを見ながらカクテルを飲んだ。そうしてしばらくの時を過ごし、そろそろ帰ろうかとスツールから腰を浮かせたときだった。
少し離れた場所で、テーブルを立つ男性の姿が目に入った。そこは、常連らしき人たちが集まってお酒を飲んでいるテーブルだった。
男性は女の人に寄り添い、出口に向かおうとしていた。
遠目に見た顔に見覚えがあった。
「ごめん、ちょっと待ってて」
友人たちに断って、後を追った。
しかし、ランダムに並んだテーブルを通り抜けて追いつく前に、その人は扉を出ていってしまった。後を追って扉を開けたときにはすでに姿はなく。目の前には閉じたばかりのエレベーターが下降を始めていた。
私は、しかたなく店内に戻り、彼がいたテーブルへと向かった。
「すみません。ちょっといいですか?」
そこにいた男性に声を掛けた。
「ん?」
顔を上げた人は30代前半くらい、薄暗い店の中にもかかわらずロイド眼鏡のサングラスをかけた風貌は、洒落て崩れた感じがする。
「いまここに池宮君って男の子がいませんでしたか?」
尋ねると、
「蓮なら帰ったぜ」
サングラスの彼より先に、隣にいた男性が答えた。口ひげをはやした恰幅のいい男だ。少し酔っているように見える。
「アイツ、帰ったの?」
サングラスの彼がその男を見た。
「ああ、満里奈を送っていくってさ。ただあの調子じゃ、何処へ送っていったやら」
口もとを歪めて答えた。さらに私に向かって言った。
「あんたも蓮に会いに来たのかい?なら、残念だったねぇ。今夜は満里奈に先を越されちまったよ。いまごろは腕を絡め合ってお楽しみの場所を物色中だってさ。ねぇ、蓮くぅん、今夜は私にハットトリックよ。とか言われてな」
不機嫌そうに鼻を鳴らした。
私が眉をよせると、サングラスの男も、困った人だと言いたげに苦笑いを浮かべた。そして私に言った。
「池宮なら帰ったみたいだね。たぶん今夜はもう戻らないと思うけど」
「彼、ここにはよく来るんですか?」
「まあね」と彼はうなずいた。「土曜には毎週来てるな。常連でも五本の指に入るくらいの腕だし、あいつを見に来る子もけっこういる。会いたいなら来週来るんだね」
「そうですか」
「池宮とは知り合い?」
「ええ、ちょっと」
よっぽど彼の学校の教師ですと言ってやろうかと思った。この人というより、見下したような目で私を見ている口ひげの男に対して。しかし、池宮君のことはあまり大事にしたくなかった。彼は、すでに有名私立大学への推薦が決まっている。こんな場所で夜遊びをしていることが知れたら一発で停学だ。推薦も取り消しになってしまう。
「ありがとうございます」
会釈をしてその場を去った。事を荒立てる前に、まず本人に確かめるのが先決と考えたのだ。
―――――
週明けの月曜日、私はタイミングを見計らって池宮君を捕まえた。
「あとで進路指導室に来てくれない?」
呼び出したふたりきりの部屋で、土曜の夜のことを問い詰めた。
すると、
「人違いじゃないんですか?」
さめた口調で彼は言った。
慌てた様子もない。
「ちゃんとあなたの名前まで出して、店にいた人に聞いたの。間違いないと思うけど?」
追求しても、
「そんなの、酔ったヤツの言ったことでしょ。からかわれたんじゃないんですか?」
あっさりとかわされるだけだ。
「そう」息をつきながら言った。「あなたに憶えがないなら、間違いかもしれないわね」
そういうつもりならこちらにも考えがある。
サングラスの男性は、彼は毎週土曜に店を訪れると言っていた。次の土曜日、もう一度あの店に行ってみよう。
私はそう心に決めた。
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