神触れ人は後宮に唄う

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 後宮の住まいは男宮と女宮にわかれ、ふたつの宮を巨大な人口の川、天河(てんが)が隔てている。この川に架かる橋は一本しかない。後宮において天帝以外との契りは厳禁で、往来の管理をしやすいようにと橋の数はわざと少なくなっているのだ。  蓮と古謝は、翡翠色の川と大きな一本橋を横目に男宮へ案内された。新米楽人を十人は収容できる建物をふたりで好きにしていいと言われた。 「他の人たちは?」  蓮が問うと、案内した楽人は暗い顔で首をふる。 「残りの合格者は女宮だ。私にもこれからどうなるかは」  怯えた様子の案内係はすみやかにこの場を去りたいようだった。そそくさと去りかけて思い出したように言う。 「そなたらに贈り物が届いてるぞ。なかへ運ばせておいたが、気をつけたほうがいい」  古謝が「なんで?」と聞くころにはもう楽人は早足で逃げ去っていた。蓮は片眉をあげたが、臆すことなく中へ入っていった。  後からついてきた古謝があまりにも広い室内に顎をはずしかけている。 「広いなー! 音もよく響く!」  与えられた宮は屋敷とでも呼べそうな広さだった。蓮は敷居をまたぎ、ひとけのない部屋にツカツカ上がりこむ。  大広間は赤の装飾で統一され内装も見事だ。入ってすぐの場所に大きな赤漆塗りの円卓があって、その上に先ほどの楽人が言っていた「贈り物」が大量に積まれていた。 「なるほど」  蓮は目を細めたが、古謝は邪気なく目を輝かせている。 「おいしそうな菓子!」 「やめろ、食べるな」 「なんで? いいだろ、ひとつくらい」  恨みがましく見る古謝を蓮は冷たい視線でおしとどめた。  卓の上には桃をかたどった餡饅や彩色ゆたかな菓子、甘い香りの茶菓子などが並んでいる。個包装されて中になにが入っているのかわからない包みも多い。なかには動いている包みもあって、古謝はおっかなびっくりそれをつついた――明らかに生き物が入っている。蓮は慎重に菓子の匂いを判別していった。 「これはヒ素、こっちは青酸カリ。これは……よくわからないが危ないな」 「なんだよ、全部自分ひとりで食べちゃうのかよ。俺にもひとつ」  蓮が止める間もなくうす紅色の生菓子を手にとった古謝は、けれどそれを口へ運ぶ前に放りだしていた。 「ぎゃぁ! 腕輪が、俺の腕輪がっ」 「お前、その腕輪……純銀製か?」  古謝の左手にあった細い腕輪は一瞬にして黒く変色していた。銀は一部の毒を近づけると極端に色を変えるものだ。便利な品に蓮はうらやましそうな顔になる。 「腕輪に救われたな」 「なんで、これ毒なの!?」 「だから食べるなと言ったろ」  蓮はうごめいている包みの前でどうしたものかと首を傾げていた。部屋うちから巨大な壺を見つけ出すと、活けられていた花を豪快に捨て、壺で包みを上から覆ってしまう。 「しかしこれは、僥倖だったな」  蓮は瞳を凶悪に笑ませていた。これら包みの贈り主たちは後宮に以前から住まう天帝の寵妃たちだ。新しく入った蓮や古謝が帝から直に褒められたと聞くや、さっそく毒虫や毒の短剣、毒入り菓子を贈ってよこした。こんなあからさまな罠にひっかからないと向こうもわかっているはず。しかしあわよくばと洗礼を浴びせかけてきたのだ。  蓮は贈られてきた品を捨てる気はさらさらなかった。むしろ利用しようと考えていた。包みをひとつずつ慎重に開き、向けられた毒針や毒液をよけて仕掛けの妙に顔をほころばせる。 「すごい、サソリの毒は貴重だ。さっそく保存しよう。こっちは……ああ、鉱毒だなありがたい! なにか小瓶がいるな。こっちのこれは、……うん。仕込み短剣か、悪くないぞすばらしい細工だ」 「それ、なにがおもしろいの?」  古謝は怖々と離れ様子を窺っていた。  蓮は手慣れた風で次々とむけられる罠をかわし、それらをより分けほくほく顔だ。 「いや、べつに面白いわけじゃ。ただ放っておくと危険だろ? 俺が分解しておくから」 「ふうん。俺ちょっとその辺を見てくるよー」 「ああ。あ、このことは他言するなよ?」 「わかったー」  ひらひら手を振る古謝を蓮は心配そうに見たが、すぐに贈り物の山へと興味を戻した。後宮へ武具をもちこめなかった蓮にとり、これらはまさに天からの贈り物だ。 「これがあれば、できる」 (天帝をこの手で殺せる!)  こうして蓮は数々の毒、仕込み針や短剣、武具など必要なだけの暗器を十分に手に入れた。あとは天帝に気に入られて、殺せる距離まで近づくだけだ。
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