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グライダー
洋子、典子、一貴はメディアでよくあるみたいに、打倒教師で結束することができなかった。
職員室はざわつくわけでもなく、空気が張り詰めていた。
いじめ問題で教師を擁護するものなど、今までいなかったからだ。
由衣は全ての教員がギロチンかかるのは自分なのか違うのか、互いに腹を探りあっているのがわかった。
呆然と立ち去る洋子たちを見送った後、美咲は笑顔で由衣を振り返った。
「ジョーカー本部に来てくれるかい」
美咲は大型猫のように屈託ない表情だった。
由衣が身構えると、美咲は進み出て、由衣の両手を取った。
子供のようなキャラだったが、一瞬、瞳に大人びた色が浮かんだ。
「僕は学生時代に教師主犯のいじめに二回遭ったけれど、それでもあなたを裁かない。
ジョーカーも同じ。
あなたに間違いを犯させたのは、偏った社会と報道、教師が聖職者の仕事をするドラマ、未来の教師を愛して現在の教師を憎む、日本の大人全部だ
ジョーカーを嫌わないで」
「うん」
「ありがとう」
美咲は満月のように微笑した。
由衣は胸がぎゅっとなって戸惑った。大切にされるって、不思議な気持ち。
その時、換気中だった職員室の窓が、外の誰かの手でさらに開いた。
聞きなれない声。
「美咲、準備できた」
由衣が振り返ると、窓の外に美咲と同じ、20代くらいの男性。
職員室の下にせり出している一階昇降口の平らな屋根の上に立っている。
細身長身、スポーツ系の特殊な服装で、首にゴーグルをひっかけている。
聖母のような目をしていた。
美咲は由衣の手を引いて窓まで連れてゆき、にこやかながら、てきぱきと彼女を外に出してしまった。
由衣はおっかなびっくり昇降口の屋根に立ちながら、知らない男性に訊ねた。
「あなたは」
「ジョーカー隊員、崎守仁志」
職員室からは死角になっていて見えなかったが、屋根の上にはグライダーが置いてあった。
その上に旅人のように鷹が鎮座ましましている。
仁志がその喉を撫でると、鷹は気持ちよさそうに鳴いて反応した後、青空に向かって気まぐれに飛んで行ってしまった。
仁志は美咲と同じに、由衣に向かってにこやかに笑いながら、ゴーグルとヘルメットを装着した。
由衣にも同じ装備をさせ、流れ作業のように彼女をグライダーに括り付ける。
「はい、安全ベルトしめてね。こっちとこれ持ってぎゅっとだよ」
「いや、あの」
「あ、駄目駄目。ここはこうしてぎゅっとね」
由衣は不安になって振り返った。
「美咲さん?」
「うん、本部で会おうね」
美咲は窓から満足そうな笑顔で由衣を見ている。
由衣に続いて、仁志がグライダーに乗り込み、機体からジェットが吹いた。
危険だ。由衣が動転して叫ぶ。
「美咲さん、美咲さん!」
次の瞬間、由衣は仁志と一緒に、グライダーではるか上空に駆け上っていた。
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